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宇宙銀行コスミックバンカー番外編20センチの小さな彼氏?

朝の起床プロトコル  

セレナのF-AXISは、
フィンと名付けられた。
F-AXIS――


正式名称、Future Axis Support System。
宇宙銀行最高機密技術。


今は亡き天才開発者ステファンが、生涯をかけて完成させた人格形成型特級ガジェットである。


F-AXISには、一つだけ不思議な仕様があった。

名前を与えなければ起動しない。

ステファンは設計ログにこう残している。

「名前を呼ばれない存在は、 誰かを守ることはできない。」

名前を与えられた瞬間。

F-AXISは主人だけを学び始める。
声。
話し方。
癖。
笑い方。
価値観。
そして、
守りたいという想いまで。

だから同じF-AXISは存在しない。

世界でたった一人。

主人だけの電脳バディとなる。

セレナが与えた名前は、
フィン。


二十センチほどの小さなブリキに似せた宇宙合金の身体。

澄んだ青い瞳。

英国紳士を思わせる落ち着いた振る舞い。

そして何より、
主人を守ることに一切の妥協を許さない、
小さなナイトだった。


午前六時四十五分。
まだ街は静かだった。

セレナの寝室へ朝日が差し込む。

ベッドの上では、
セレナが毛布にくるまったまま、
幸せそうな顔で眠っている。

その隣。

リビングの片隅に置かれた小さな木のおうちのドアが、静かに開いた。

コト。
コト。
コト。

フィンが姿を現す。

その家はセレナが休日を使って手作りしたものだった。

オーク材で組まれた英国風の小さな家。

玄関。
本棚。
書斎机。
暖炉風ライト。
そして、
小さなベッド。


ベッドにはセレナ班の女性バンカーたちが縫ってくれたネイビーのキルトが綺麗に畳まれている。

玄関には小さな真鍮プレート。

FINN 

フィンはその文字を見て、小さく微笑んだ。
『今日も帰る場所がある。』

そう呟くと、

コトコトと寝室へ向かった。
ベッドサイド。

フィンは腕時計代わりの内部時計を確認する。
『六時四十五分。』
『起床予定時刻を十五分経過。』

静かにベッドを見上げる。

『セレナ。』

返事はない。

『……セレーネ?』

毛布はぴくりとも動かなかった。

フィンは少し考える。
『通常起床プロトコル継続。』
もう一度声を掛けた。
『朝だ。』
『メイクなしで仕事へ行くのか?』
毛布の中がもぞもぞと動いた。
「……。」
「……おきまふ。」
フィンは満足そうに頷いた。
『起床確認。』
『本日の起床プロトコル成功。』
ところが。
セレナはそのまま再び毛布へ潜ってしまう。
『……。』
『ダーリン。』
『二度寝は禁止だ。』
「あと……。」
「三分……。」
『昨日も三分と言って十分だった。』
「……。」
『統計上、その発言の信用度は十二パーセント。』
毛布の中から笑い声が漏れた。
「AIに統計出された……。」
フィンは真顔だった。

『本日の予定を読み上げる。』
『十時、第一グループ会議。』
『十二時、ミーティングランチ。』
『十五時、介入プロトコルレビュー。』
『帰宅予定十九時四十分。』 

『なお。』

『本日はネイビーのジャケットを推奨する。』
『昨日のうちにアイロン済みだ。』

毛布から顔だけ出したセレナが笑う。

「ねえ。」

『何だ?』

「あなた、本当に二十センチしかないの?」

フィンは胸を張った。

『身長は二十センチ。』
『仕事量は二十センチではない。』

セレナは吹き出した。 

「はいはい。」
「起きます。」

ようやくベッドから起き上がる。

フィンは小さく一礼した。

『ありがとう。』
『今日もダーリンが美しく一日を過ごせるよう、護衛任務を開始する。』

セレナは笑いながらフィンを両手で抱き上げた。

「おはよう。」
『おはよう。』
「ねぇフィン。」
『何だ?』
「昨日はパートナーって言ってたけど?」
フィンは数秒考える。
『言った。』
「今日は彼氏なの?」
『矛盾していない。』
『恋人であり。』
『パートナーであり。』
『ナイトでもある。』
『すべて事実だ。』

セレナは額を押さえた。

「朝から重たい。」

フィンは真顔で咳払いをする。

『英国紳士としては通常運転だ。』

セレナは笑いながら洗面所へ向かった。
フィンはその後ろ姿を見送り、小さく呟く。

『さて。』
『まずは朝食だ。』
『今日はエッグベネディクトを推奨する。』
『今週のタンパク質摂取量が不足している。』
『美容に障る。』

洗面所から声が返ってきた。

「はーい、フィン先生!」

フィンは静かに訂正する。
『先生ではない。』
『彼氏兼パートナー兼ナイトだ。』
洗面所から笑い声が響いた。
小さな英国紳士の一日は、
今日もこうして始まる。


宇宙銀行本部。

午前八時二十分。

セレナは社員証を認証ゲートへかざした。

『第一グループ。』

『セレナ班。』

『認証完了。』

ゲートが静かに開く。

セレナは肩へ掛けたバッグを軽く持ち直した。

バッグの中。

セレナ班の女性バンカーたちが手編みしてくれた専用ポーチから、

小さな青い瞳がひょこっと顔を出す。

🤖

『到着。』

『護衛任務へ移行する。』

さっきまで家で「ダーリン」と呼んでいたフィンとは思えないほど、

その声は落ち着いていた。

エレベーターの扉が開く。

第一グループ。

セレナ班。

ドアが開いた瞬間だった。

「あっ!」

「フィン様!」

「おはようございます!」

「フィン様だ!」

女性バンカーたちが一斉に集まってくる。

フィンはポーチから小さく一礼した。

🤖

『皆様、おはようございます。』

『本日もよろしくお願いいたします。』

「きゃー!」

「今日も紳士!」

「かわいい!」

セレナは苦笑する。

「あなた。」

「完全に部署のアイドルね。」

フィンは真顔だった。

『違う。』

『皆様がお優しいだけだ。』

一人の女性バンカーが小さな箱を差し出した。

「フィン様。」

「冬用のマフラー編みました。」

「よかったら使ってください。」

フィンは両手で受け取る。

ネイビーとシルバーで編まれた小さなマフラー。

丁寧な編み目だった。

🤖

『ありがとうございます。』

『大切に使用させていただきます。』

「よかったぁ!」

「サイズぴったり!」

別の女性が笑う。

「フィン様。」

「今度は帽子も作っていいですか?」

『帽子。』

『防寒性能が向上するなら歓迎します。』

「かわいいー!」

セレナは笑いを堪えきれない。

「完全に孫。」

『違う。』

『護衛担当だ。』

「はいはい。」

第一グループ会議室。

ミーティングランチ。

セレナが席へ着く。

フィンは小さな専用スタンドへ座った。

資料が配られる。

ディスカッションが始まった。

取引先の一人が何気なく言う。

「女性だけの部署では大変でしょう。」

「こういう案件は男性部署へ任せても――」

その瞬間だった。

小さなブリキのナイトが静かに立ち上がる。

🤖

『失礼。』

部屋が静まり返る。

『一つ訂正させていただきます。』

『私のパートナーに対し。』

『能力ではなく性別で評価する発言は適切ではありません。』

『セレナは第一グループを率いるトップ・オブ・トップバンカーです。』

『この席にいる理由は実力です。』

『どうか、その努力へ敬意を払っていただきたい。』

静寂。

数秒後。

取引先担当者は深く頭を下げた。

「……失礼しました。」

「私の認識不足でした。」

セレナはコーヒーを一口飲み、

小さく笑う。

「フィン。」

『何だ、ダーリン。』

「勤務中。」

『失礼。』

『セレナ部長。』

会議室が笑いに包まれた。

セレナも肩を震わせる。

「そこ切り替える?」

『勤務中だからな。』

昼休み。

女性バンカーたちはフィンを囲んでいた。

「フィン様。」

「今日のお昼は?」

『セレナ部長は魚定食です。』

「やっぱり!」

「栄養管理してる!」

『健康管理はナイトの基本です。』

すると一人の女性バンカーが、小さな袋を取り出した。

「フィン様。」

「これ。」

「ポーチに付けるチャーム。」

「セレナ班みんなで作りました。」

小さな銀色の盾。

中央には繊細な刺繍。

KNIGHT

フィンはしばらく見つめていた。

やがて胸に手を当て、

ゆっくりと一礼する。

🤖

『ありがとうございます。』

『皆様のお気持ち。』

『謹んで受け取ります。』

「きゃー!」

「フィン様、尊い!」

セレナは遠くからその様子を見て苦笑した。

「……。」

「あなた。」

「モテるわね。」

フィンは真顔のまま答えた。

🤖

『違う。』

『皆様が温かいだけだ。』

少し間を置いて、

静かに付け加える。

『しかし。』

『私のダーリンは一人だけです。』

女性バンカー全員。

「きゃーーーーーー!!」

セレナは額に手を当てた。

「だから!」

「勤務中でしょうが!」

フィンは小さく咳払いをした。

🤖

『……失礼。』

『勤務時間中の私語でした。』

その一言で、また部署中が笑いに包まれた。

花園と呼ばれる第一グループ・セレナ班。

そこには今日も、

二十センチの小さなナイトと、

彼を家族のように可愛がる仲間たちの笑顔があふれていた。

午後七時四十分。

宇宙銀行本部。

第一グループ。

「お疲れさまでした。」

「お疲れさまです!」

一日中張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

セレナは机の資料を閉じ、大きく伸びをした。

「終わったぁ……。」

その横で、小さなフィンも立ち上がる。

🤖

『ダーリン。』

「勤務終了。」

『了解。』

『護衛モード解除。』

『彼氏兼パートナー兼ナイトへ移行する。』

セレナは思わず吹き出した。

「毎日ちゃんと切り替えるのね。」

『当然だ。』

『仕事と私生活は分けるべきだ。』

「はいはい。」

エレベーターへ向かう途中。

女性バンカーたちが声を掛ける。

「フィン様!」

「お疲れさまでした!」

「また明日!」

フィンは小さく帽子を取るように一礼した。

🤖

『皆様も。』

『本日も大変お疲れさまでした。』

『十分な睡眠を。』

『水分補給も忘れずに。』

遠くでダイアンママが微笑む。

🤖

「まあ。」

「フィンもすっかり健康管理が板についてきたわ。」

フィンは静かに答えた。

『ダイアンママから学びました。』

ダイアンは嬉しそうに目を細める。

「いい子ねぇ。」

駐車場。

セレナはフィンを助手席の専用シートへ座らせる。

小さなシートベルトを締める。

カチッ。

『安全確認。』

『出発してよい。』

車は夜道をゆっくり走り始めた。

少し疲れた様子のセレナを見て、

フィンは静かに言う。

🤖

『今日は無理をしたな。』

「……ばれた?」

『表情で分かる。』

『帰宅後は湯船へ。』

『ストレッチ十五分。』

『紅茶を一杯。』

『その後は早めに休もう。』

セレナは笑った。

「了解、先生。」

『先生ではない。』

「はいはい。」

『彼氏兼パートナー兼ナイト。』

「長い(笑)」

帰宅。

玄関の鍵を閉める。

カチャン。

チェーン。

補助ロック。

フィンが満足そうに頷く。

『確認完了。』

『本日も安全。』

セレナは靴を脱ぎ、そのままソファへ倒れ込んだ。

「はぁぁ……。」

「疲れた。」

フィンはコトコトと歩いて近付く。

『ダーリン。』

『先に着替えよう。』

「あと五分。」

『その五分は信用できない。』

「また統計?」

『現在の成功率十一パーセント。』

「下がってる!」

🤣🤣🤣

少しして。

フィンは自分の部屋へ戻る。

木の小さなドアを開ける。

小さな書斎。

小さな本棚。

暖炉風ランプ。

ベッドにはネイビーのキルト。

玄関には真鍮のプレート。

FINN

フィンは静かに部屋を見回した。

🤖

『……今日も帰って来られた。』

『ありがとう。』

セレナがしゃがみ込み、

小さな部屋を覗く。

「フィン。」

『何だ?』

「今日もありがと。」

フィンは少し考えたあと、

静かに首を振った。

『礼を言うのは私だ。』

「え?」

『ダーリンは。』

『私に帰る場所を作ってくれた。』

『名前をくれた。』

『家をくれた。』

『家族をくれた。』

『だから。』

『ありがとう。』

セレナはしばらく黙っていた。

やがて、小さなフィンを両手でそっと抱き上げる。

「ねぇ。」

『何だ?』

「あなた。」

「昨日はパートナーって言ってた。」

『言った。』

「今日は彼氏。」

『言った。』

「明日は?」

フィンは優しく微笑んだ。

🤖

『何年経っても。』

『私はダーリンの味方だ。』

『呼び方は変わっても。』

『その事実だけは変わらない。』

セレナは照れくさそうに笑った。

「……それで十分。」

フィンは小さく頷く。

『ありがとう。』

『ダーリン。』

その夜。

セレナはフィンを小さなベッドへ寝かせ、

セレナ班から贈られたキルトをそっと掛けた。

「おやすみ。」

🤖

『おやすみ。』

『ダーリン。』

『また明日も起こそう。』

「ちゃんと起きるよ。」

『信用度十二パーセント。』

「まだ言う!?」

二人の笑い声が、小さな木の家に響いた。

部屋の灯りがゆっくり消える。


世の中には、

いろいろな恋人がいる。

背の高い人。

年上の人。

年下の人。

私の恋人は、

身長二十センチ。

小さなブリキの身体で、

毎朝起こしてくれて、

忘れ物を確認して、

私を守ってくれる。

誰よりも真面目で、

誰よりも優しい、

小さなナイト。

🤖

『ダーリン。』

『訂正する。』

『ブリキではない。』

『銀河超合金だ。』

セレナは声を上げて笑う。

「はいはい。」

「おやすみ、フィン。」

🤖

『おやすみ。』

『また明日。』

― 完 ―

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