平安の日記にたずねた「葵祭のいろどり」
こんにちは。
風薫る5月、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、京都の初夏を彩る美しいお祭り、「葵祭」について、千年の時を超えた日記の一節を手がかりに、その魅力に触れてみたいと思います。
少しの間、平安時代の雅な世界へご一緒に…。
Voicyでも配信中です。
日記に記された、千年前の葵祭
さて、皆さんは「葵祭」をご覧になったことがありますか?まだの方は,どんなイメージをお持ちでしょうか?
京都三大祭りの一つとして知られ、毎年5月15日に行われる、とても優雅で歴史あるお祭りです。
実は、今から千年ほど前、平安時代の貴族、藤原実資(ふじわらのさねすけ)という人が書いた『小右記(しょうゆうき)』という日記に、この葵祭の様子が記されています。
それは寛弘八年、西暦1011年のこと。旧暦の四月二十八日、現在の暦で言うと、ちょうど葵祭が行われる5月15日頃にあたります。
その日記には、こう書かれています。
「今日、賀茂祭なり。勅使、装束かさねて参向す。斎院の御列、賀茂川を渡るとき、風に青葉さやぎ、紅の裳、陽にかがやく。」
現代の言葉にすると、こんな感じです。

「今日は賀茂祭(今でいう葵祭)である。天皇の使いである勅使は、重ねた美しい装束を身に着けて参列した。斎院さまの行列が賀茂川を渡るとき、風に青葉がさらさらと音を立て、赤い裳(も)が太陽の光にきらきらと輝いていた。」
いかがでしょう?
たったこれだけの短い文章ですが、まるで目の前にその光景が広がってきませんか?
「賀茂祭」というのは、葵祭の古い呼び名です。平安時代の人々にとって、このお祭りは国家の安泰や豊作を祈る、とても大切な行事でした。そして、この日記を書いた藤原実資は、当時の政治の中心にいた人物。彼が特別にこの日の情景を書き留めたということは、それだけ心に残る美しい光景だったのでしょうね。
この一節は、私たちを千年前の京都へと誘い、当時の人々の息遣いまで感じさせてくれる、素晴らしい記録です。
五感で味わう、平安の美意識
藤原実資の日記に描かれた葵祭の様子、もう少し詳しく見ていきましょう。
まず、「勅使、装束かさねて参向す」。
勅使、つまり天皇の使いが、「重ねた装束」で参列したとあります。
平安時代の貴族の装束といえば、十二単(じゅうにひとえ)が有名ですが、男性もまた、何枚も衣を重ねて着るのが正装でした。
その色の組み合わせ、「襲の色目(かさねのいろめ)」には、季節や場面に応じた繊細な美意識が反映されていたんです。きっと、勅使の装束も、息をのむほど美しかったことでしょう。
次に、「斎院(さいいん)の御列」。斎院とは、賀茂神社にお仕えするために選ばれた、未婚の皇女さまのこと。神聖な存在として、お祭りでとても重要な役割を担っていました。その斎院さまの行列が、清らかな賀茂川を渡っていく…なんとも絵になる光景ですね。

そして、最も印象的なのが…
「風に青葉さやぎ、紅の裳、陽にかがやく」という部分です。
想像してみてください。初夏の爽やかな風が吹き渡り、川辺の若々しい青葉がさらさらと音を立てています。その中で、斎院さまがお召しになっている赤い色の裳(も・十二単の背側、腰から長く引く衣)が、太陽の光を浴びて、きらきらと輝いているのです。
この「紅の裳」。この赤色は、生命力や高貴さを象徴する色として、平安時代には特別な意味を持っていました。そして、それが「陽にかがやく」とあることから、きっと上質な絹織物だったのでしょう。光を受けて輝く絹の美しさは、格別だったはずです。
新緑の「青葉」の緑と、斎院さまの「紅の裳」の赤。その鮮やかなコントラスト。そして、風の音、木々のざわめき、陽光のきらめき…。
藤原実資ので日記は、色彩と光、そして音までも私たちに伝えてくれています。平安の人々は、こうして五感のすべてで、儀式の美しさ、自然の美しさを感じ取っていたのですね。

また、このお祭りが「葵祭」と呼ばれるのは、行列に参加する人々や牛車などが、葵の葉で飾られるからです。この葵の葉にも、「神様に逢う日」という意味が込められていると言われ、神聖な植物とされていました。
まさに、人の手による装束の美と、自然の美しさが、見事に溶け合った瞬間。それが、千年前の葵祭の姿だったのです。
現代に息づく、葵祭の心
さて、藤原実資が日記に記してから千年以上の時が流れました。しかし、葵祭は今もなお、京都の初夏を彩る大切な行事として受け継がれています。
もちろん、斎院制度はなくなりましたが、現在では一般の女性から選ばれる「斎王代(さいおうだい)」が、華やかな十二単をまとい、その役を務めています。当時のままの優雅な衣装を身に着けた人々が、都大路を練り歩く様子は、まさに平安絵巻そのもの。実資が目にしたであろう、色とりどりの装束、牛車、そして葵の葉の飾りといった要素は、今も大切に守られています。
千年前の人が見た光景を、私たちもまた目にすることができる。これは、とても素晴らしいことだと思いませんか?

藤原実資の日記は、私たちに何を語りかけているのでしょう。それは、単に昔の行事の記録ということだけではないように思います。
自然の美しさに心を寄せ、儀式を大切にし、その中で生まれる調和した美を愛でる。そんな平安の人々の豊かな感性。そして、そうした美しいもの、大切なものを、次の時代へと伝えていこうとする心。
葵祭に触れるとき、私たちは、歴史の重みや文化の深さとともに、時代を超えて人の心を打つ普遍的な美しさを感じます。それは、藤原実資が千年前のあの日、賀茂川のほとりで感じた感動と、どこかで繋がっているのかもしれません。
もし機会があれば、皆さんもぜひ、葵祭を訪れてみてください。そして、風にそよぐ青葉の音に耳を澄ませ、陽光に輝く装束の色彩に目を奪われながら、千年の時を超えた平安の雅に、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
今日は、藤原実資の日記を手がかりに、葵祭の魅力についてお話ししました。
