都内うつわめぐり① 〜日本民藝館へ ~
うつわ好きの私は今回、都内の美術館などへ「うつわめぐり」に出かけてみることにしました。
といっても、訪れたのはたった4ヵ所ですけれど…ちょうど行きたいと思っていた展覧会が同時期に開催、しかも私の夏休み期間中と重なっていましたので、数日間でめぐりました。
ここに、私なりの記録を残しておきたいと思います。
館内の撮影は ほぼ禁止されているため、写真はあまりありません。
うつわ好き素人が綴るエッセイです。
ご興味がありましたら、どうぞお付き合いください。
― まず今回は、日本民藝館です。―
日本民藝館
井の頭線の駒場東大前駅で下車し、閑静な住宅街を6~7分歩いた先に、日本民藝館は佇む。
「民藝」という言葉は、1925年に、柳宗悦と、その友人である濱田庄司・河井寛次郎の3人が、紀州の旅路で語り合い つくった造語だ。無名の職人たちがつくる「民衆工藝」を略している。
その翌年1926年に、柳は「民藝」という新しい美の概念のもと、民藝品のための美術館を作る構想を発表した。ここから民藝運動が始まったわけだけれど、10年の時を経て1936年、この地に「日本民藝館」は開設された。柳が47歳のときだった。
民藝館には、柳の審美眼により集められた工芸品が約17,000点も収蔵されているのだそう。私が愛する陶磁器以外にも、硝子、染物、絵画などさまざまなものをたのしむことがでる。
けれどまずは、建物内観を観るだけでも(ぜったいに!)行く価値があると、今回あらためて感じた。


建物は展示室がある「本館」と、旧柳宗悦邸である「西館」とが通りをはさんで向かい合っている。双方とも、柳の設計による木造二階建てだ。(本館のうち奥の新館は、柳の没後に建て替えられた鉄筋コンクリート造。)
まず「本館」入り口前でチケットを購入し、木製の重厚感ある引き戸を引いて中に入る。すると正面には まるで西洋建築のようなつくりの大階段が広がっている。数段先から左右に分かれて2階へと続くその先に、一気に期待が膨らむ。
建物保全のため、玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えるのだけれど、自分の足元を見る時間をもどかしく思うほどに、建物へと視線が誘われた。
とにかくすべてが素敵だ。階段を昇った先の、広がりある2階の回廊も素敵。天井も壁も、柳が考案したという木製の展示ケースも、ベンチも照明も全てが調和して素敵。
洋風を随所に取り入れながらも、それらが自然に「和」に溶け込んでいる。
柳が72年の生涯を閉じるまで生活の拠点としていたという「西館」もまた、ため息がもれるようだ。
立派な石屋根の長屋門、声楽家だった兼子夫人の「音楽室」、ぐるりと三方の天井まで書棚がしめる柳の書斎、階段の広い踊り場、どこを見ても柳のこだわりがちりばめられているようで、うっとりする。
西館は、月に4日くらいしか開館されないので(たぶん原則第2・第3水曜日と土曜日に開館)、西館も観たい場合は開館日カレンダーを要チェック。
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肝心の展示についてだけれど、開催されていた特別展(6月15日~8月25日)は、こちら。


『柳宗悦と朝鮮民藝美術館』
柳が、浅川伯教・巧兄弟とともに朝鮮時代の工芸の美をいち早く見出し、京城(現在のソウル)に「朝鮮民族美術館」を設立したのが1924年。設立100年記念の特別展だ。
その朝鮮民族美術館のコレクション。開館当時は3,000点以上あったのだそうだけれど、戦争を経て行方が明らかではないのだとか。一方で、陶磁器を中心とした約100点は日本民藝館に現在も保管されているそう。
この特別展では、その朝鮮民族美術館の旧蔵品と、それに加えて同時代の柳のコレクションが併せて展示された。ほとんどが朝鮮時代(1392~1910)のものを中心とした陶磁器だった。
展示室には、1ヵ所だけ、撮影を許されたコーナーがあった。



右下は白磁の祭器。
染付(朝鮮では「青花」)は、まるで水墨画のようだと思った。
また白磁は、とてもあたたかだ。朝鮮時代にはさまざまな陶磁器がつくらる中、一貫して生産され続けたのが白磁だという。

私が好きな九州のやきものは、朝鮮の技術により誕生したものだ。
だからかもしれない。展示される朝鮮のやきものの多くは、私の中で、どこか九州のそれと重なる部分があった。
染付や乳白色の白磁には、初期伊万里に通じるぬくもりを感じたし、土色の鉄砂は、絵唐津のやわらかさを思わせた。愛らしい化粧具には鍋島を思ったりしたのだけれど、でも、やっぱり…。
やきものは、その土地の歴史や風土を背景に育まれるもの。 当然ながら日本らしさを纏いながら変化してきた九州のやきものとは異なるものだ。
日本の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)や、清からの侵略による陶磁生産の衰退、その後 独自の美の世界をつくりあげ迎えた全盛期、そして国力の衰えにより幕を閉じた官窯。
その歴史の中で、これら朝鮮時代の やきものは、どのように育まれ、どのような物語を紡いできたのだろう。そんな好奇心が湧いたのだった。(詳細を知らないのだ...。)
日本民藝館の展示は、文字情報が少ない。

パネルなどもなく、展示品についてこれ以上の情報はない。
それは、文字で展示物を邪魔しないという柳の考え方だと聞いたことがある。
目で物をみて、心で何かを感じたなら、それで十分なのかもしれない。
でも、それ以上のことを「知りたい」という気持ちが生まれたなら、その気持ちもたいせつにしたいと思う。
(といっても、怠け者の私は、ついつい「知りたい」のまま放置してしまうのだけれど......) その好奇心さえ抱いていれば、いつか知ろうと思い立つ日が訪れるかもしれないし、偶然 関連する情報に触れたときに、ビビッとアンテナが動くかもしれない。
この「うつわめぐり」が、私のうつわに対する好奇心や愛情をさらに深める機会になるなら、それだけでも収穫かな。そんなふうに思わせてくれる展示だった。
なんだかお話が逸れてしまったようだけれど、展示の情報をもう少し。
本館には上記の特別展が開催される大展示室の他に、1階に3つ、2階に4つの展示室があり、それぞれの部屋で併設展が開催されていた。『九州の焼物』、『硝子工』、『日本の染物』…といった具合だ。
見ごたえ十分。それでいて観て回るのに疲れない程度の広さ・点数で、気持ちがとっても満たされる。
また、本館1階には、ミュージアムショップもあり、全国の工芸品が所狭しと並べられている。正式名称を「推薦工芸品売店」というだけのことがあり、目移りするようだ。
私は型染の手ぬぐいなど、いくつかの小物を購入して散財しちゃったのだけれど、とくに雑誌『民藝』のバックナンバーは買って良かった。

すきだから。
購入した3冊は、どの号にも柳宗悦の執筆物が掲載され、図版(写真)も豊富だ。
何より、表紙を眺めるだけでなんだかほっこりする。
一般的に情報は新しい方が良いとされるのかもしれないけれど、この手の雑誌は何年前のものであっても貴重だ。(と私は思う。)
日本民藝協会のHPからネットでも購入できるけれど、実際に手に取って選べるのはうれしい。
* * *
全体をとおして。展示されるやきものからは、あわく、あたたかく、静かなぬくもりを感じた。
一つひとつの展示品が、この建物や調度品と共鳴し、時を超えて受け継がれてきた魂が静かに息づいているかのようだった。「共鳴」は、キーワードにしたいくらいだ。
学ぶというより、感じとる美術館。
この建物全体に漂う静謐で落ち着いた空気感は、ゆったりとした時の流れを感じさせてくれて、身を置くうちに、心がすうっと鎮まるのを感じる。
私は、こういうのが好き。
また近いうちに、訪ねたいな。
と思っていたら、スペシャルな予定が舞い込んだ。10月に、たいせつな友人とご一緒することになったのだ!
その日が待ち遠しい。
[ 写真リンク ]
・本館、西館それぞれの部屋の写真は、リンクの各番号をクリックすると見ることができます。
・ こちらの多くが今回展示されていました。私はとくに、「染付辰砂鯉形水滴」(写真2番目)と、「染付鉄砂窓絵花鳥文壺」(写真最後から3番目)に心惹かれました。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
次回は、出光美術館を訪れます。
