さまざまな分野を横断する意義④ー「また」話しことば、書きことば、そして世代から世代へ受け継がれる物語の進化について考える(前編)ー総合的な文化の進化科学ー
生物進化と文化進化はいずれもダーウィン的であることを踏まえれば、文化進化を語る科学は、生物進化の科学、すなわち進化生物学の構造に似ていると仮定できる。
ところで、やはりダーウィンの進化論という基盤は堅牢なままであり、『種の起源』に立ち返れば、文化進化論について明確にできることはあると私には思われる。
『種の起源』はひとつの長い長い議論と言え、その議論は変異、生存競争、継承(遺伝)からなり、これはダーウィン進化論の基本的な考え方であり、あらゆる生物学上の変化は変異、生存競争、継承の観点から説明でき、どれが欠けても進化は起きない。
生物学者たちにとって自明ともいえるこの理論は、文化にも適用できると予測され、その予測が正しければ、文化の変化はダーウィンが描く進化のプロセスとして説明できることになろう。
まず、変異だが、ダーウィンの例に倣って文化の多様性(宗教、政治観、科学的知識、技術など)について個人的な観察を超えた堅牢な証拠を挙げ、多様性を定量化できるのではないかと考えられている。
例えば、特許や宗教、言語に変異をみる研究もあり、現に手法は改善の余地があるものの何百万、何十億とある文化の変種や多様性は記録され定量化でき、変異が文化に存在すると言える。
次に、競争だが、経済学者で人口統計学者のトマス・マルサスの考えに着想を得たダーウィンは、その原因を個体数が飛躍的に増加することとそのために資源が不足することによって起きる、と述べた。
文化にも何らかの生存競争が存在する。
なぜなら知識を習得し、表現するための人間の記憶容量と時間には限りがあるからだ。
限られた資源をめぐって技術や言語に生存競争が起きることは、生物の種が生存競争によって絶滅するのと同じく、消滅という現象に現れよう。
脳の記憶容量をめぐる競争という形で文化の競争は起き、結果としてさまざまな文化的習慣や形態が消滅する。
そう、文化的形質は、生物と同じく、常に生存をかけて競い合っているのである。
さて、継承のことに移る前に、脱線するが最近の戦争や難民危機、飢餓、感染爆発の原因の分析は、ほぼ常に政治的・経済的・個人的原因のみに注目が置かれており、人口爆発の切実な根本的原因にはほとんど触れられることはない。
しかし、2世紀も前に、先に触れたマルサスは、人口学に関する深い洞察を持ち、
「人口の力は、人間が生存するための糧を生産する地球の力よりも限りなく大きい」ということを、つまり、人口は幾何学級数的に急速に増加する傾向がある一方、食糧は、算術数的にゆっくりとしか増加しないと論じた。
資源は限られているのに、人口爆発の問題は、たとえ、今、世界において事実上すべての壊滅的問題の直接の原因であってもなおそれをメディア、政治議論、学者の発表において議論したり、取り上げたりすることは、ほぼ絶対的とも言えるほど、タブーになっている。
なぜなら、人口爆発を議論する際に、人口抑制ということに触れねばならず、人口抑制が暗示する恐ろしい含意・連想のせいで、皆が、人口爆発の話題から逃げているからである。
人口抑制の暗示する意味には、ヒトラー、優生学、深く根付いた宗教的信念との矛盾、そして家族生活主義の破壊、エスノセントリズムなど、議論したくなく、蓋をしてきたようなさまざまなものがある。
しかし、例えば現に、シリアでは、マルサスが唱えた典型的な人口爆発を経験し、その人口は、1950年の300万人から、2012年には2200万人に増え、2006年から2009年は、気候科学者によって地球温暖化が原因とされた長期にわたる干ばつを経験した。
この干ばつにより、大規模な不作が起き、農村に住む150万人の住人が都市部へと移住した。
こうしたストレスが、程なくして恐ろしい内戦と無政府状態につながり、マルサスが言うところの「残酷な人口抑制」を現在もたらしている。
25万人から50万人が殺され、内戦前の人口の半数以上の人々が、国内での移動、または国外への移住を強いられてきた。
そして、この問題はまだ始まったばかりで、解決策は見えていない。
問題に蓋をしているだけである、という視座から、日々のトップニュースを眺めるとき、新たな大惨事は驚愕することではなく、私たち人類が目を背けてきた結果であることを認識しているだろうか。
大惨事に映し出されているのは、ただ、あまりにも多すぎる人々が、あまりにも少ない資源を追い求めている光景である。
人口爆発の地域を破壊する革命、内戦、大量の移民、飢饉、干ばつ、洪水などはほぼ必然的に起きている。
そして細菌やウイルスは、個体数の少ない別の種ではなく、新たに現れた大量の人間という餌に増長し、大規模感染を引き起こしている。
人口爆発の問題を避け続けることは、さらに致命的になりうる戦争のリスクを増大させる脅威であり、未来に対して盲目で在り続けることだと、私には思われる。
さて、ダーウィンは「遺伝しない変異は重要ではない」とさえ述べ、継承の重要性を強調した。
ダーウィンは、継承がなされなければ有益な形質は保存されず、進化も起こり得ないと考えたのだろう。
しかし、継承と遺伝が欠かせないダーウィンの論理から時が経ち、メンデルのエンドウ豆の実験が再評価され、20世紀初期にさらなる実験が行われたあとにようやく遺伝子の仕組みは解明されたのである。
ところで、文化的情報が継承されてゆくときに、人から人へ伝達されるだけでは文化がダーウィン的進化を遂げているとはいえないだろう。
私たちは、ダーウィンが生物の進化を「変化を伴う継承」と呼んでおり、進化が起きるには小さな変化がただ単に親から子に受け継がれるだけではなく、何世代にもわたって継承され、他の有益な形質と結びつく必要があると考えていたことを知っている。
文化においても、私たちは優れた発明は既存のものに手を加えたり、すでになされた別々の発明を組み合わせたものだと知っている。
例えば、数学が異なる社会の異なる人々による革新が長い長い年月をかけて積み重なって、そしてさらにそこからギリシャ人の幾何学、アラビア人の代数学、ヨーロッパ人の微積法といった発明が継続的に積み重なり、現在の数学に至った。
人間の文化にも、ダーウィンがいうところの「継承」は見ることができるのだ。
生物の進化において親から子へ遺伝子が受け継がれるように、文化の変種も人から人へ忠実に受け継がれてゆき、さらに文化の継承はかなり忠実になされ、それゆえに、ダーウィンが生物の系統に観察したような変異の蓄積を可能にするのだ。
ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
今日も頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。
※見出し画像は、ふたたび、BCL『Ghost in the Cell』からです😌
初音ミクのDNA配列は、不特定多数の人々がオンライン上のプロジェクト「hmDNA」に参加することで、さらに二次創作され、日本人の遺伝子情報をベースにしたDNAにミクの外見に関する情報を加えるだけでなく、各人の持っているミクのイメージも書き込んだようですね😌
