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【短編小説】問わず語りに耳をかたむけ

「ここには何が建つのかしら?」

鈴を転がす声だった。まるで少女のような。
聞こえてきた声に顔をあげると1人の御婦人が立っていた。

「新築戸建てが6棟ですね」

基礎工事前に地縄張りに来ていた俺は彼女の質問に答える。6棟すべてが建売。今の時代、建売の方が売れやすいのだろう。

「そうなのね。きっと、素敵なお家がたくさん建つんでしょうね」

目を細めながら、広がる更地を眺める隣の人。その先が気になって、彼女と同じ方向を見た。
不思議だ。
目の前にはまだ何もないのに、この御婦人には何かが見えているらしい。

総合建設会社に就職してから11年。だいぶ中堅になったと自分でも思う。今日は先輩と俺、そして同期の現場監督の子3人でここに来ていた。
2人は俺が御婦人に声をかけられた事に気付きながらも黙々と作業を続けている。

「…ねえ」

再び御婦人が口を開く。
彼女へと視線を向けると、どこからか風が吹いてきた。さらり、綺麗なグレイヘアーが靡く。

「この場所の、昔の姿はご存知かしら?」
「え…」

さてはて、昔は何だったのだろうか。

建設前の今はただの更地だ。
その前が何だったかなんて、考えた事もない。

「あ〜、えーっと」

彼女の澄んだ目がこちらを捕らえる。色素が薄いのか虹彩は普通の茶色より黄色がかっていた。真ん中に咲く瞳が俺にはひまわりのように見える。

「ここね、ちびっ子広場だったのよ」
「ちびっ子広場?」
「そう」

ブランコと鉄棒しかない。
それ以外にあった物といえばベンチ。
それも腐りかけの色のはげた、と御婦人が笑う。

「へえー!そうだったんですか。それじゃ、子供達がたくさん遊んでいたのでは?」
「ええ。犬もね、走り回ってたわ」

確かに!犬にとっても広場は遊び場として最高だ。

「それだけね…この辺の人達にとっては、当たり前の光景だったのよ」

ひやんと、少し温度が下がったように感じたのは御婦人の声音が変わったからだ。

「その光景がなくなってしまった…」

ああ、そうか。
彼女の目には昔の姿が映っていたんだ。
この時になって漸く、御婦人の目に浮かんでいた何かが分かった。

「…淋しいの」

ポツリ、彼女がこぼす。
淋しい。
その感情は思い入れが強ければ強いほど、痛みとなって突き刺さる。

俺の知らない。この広場の昔の姿。ブランコと鉄棒で遊んだ人数も、腐りかけのベンチに腰かけた人数も知らない。

どれくらい前から、ここに存在していて。どれくらいの子供達がここで遊んでいたのかも、俺は何一つ知らない。

何と声をかければいいのか、自分でも上手く言葉が見つからなかった。こんな時、言葉のでない己の語彙力が情けない。

「あー、えっとですね。こう、ふとした時に思い出してくれる人が1人でもいれば…ここにあった広場だって報われ…」
「あー!」

その時だった。
どう言葉を返そうか迷っていた俺は、御婦人の背後に人影が現れた事に気付くのが遅れた。

「もぉ、ばあちゃん探したんだよ!」

それは若い声だった。
まだ学生だろうか。ウルフカットの男は御婦人の腕をとる。
御婦人は彼に対して最初は驚いていたものの、相手の顔を見たらふわりと優しく笑った。

「あら、光明さん」
「ちげーって!光明はじーちゃんの名前だろ!俺は知明だっての」

どうやら、お孫さんらしい。

「もお、勝手にどっか行かないでよー。すみません!ばあちゃんが迷惑かけたみたいで」
「いえ!」
「ほら、ばあちゃん。帰るぞ」
「そうね。お昼の時間になるものね」
「何言ってんだよ。さっき食っただろ!」
「いいえ、私は食べてないわよ。光明さん」
「だから、俺は知明だっての」

そんなやり取りをしている2人を眺めていると、彼はペコリと頭を下げてきた。

「あの、ばあちゃんの相手、ありがとうございました」
「えっ、いえ!」
「マジで助かりました。ばあちゃん、認知症があって。唯一…この場所だけは覚えてたみたいなんですけど」
「え…」
「なんか、亡くなったじーちゃんとの散歩コースだったみたいで」

それじゃ、失礼しますと言い残し、2人はゆっくりと帰っていく。

「…何だったんだ?」

先輩の問いかけに俺は答える事が出来ない。
更地になった広場。
ここは、誰かにとって思い出ある場所。
しかし時代と共に気付けば違う姿へと移り変わり、そこに何があったのかを忘れ去られてしまう。

”ばあちゃん、認知症があって“

あの御婦人にとって大切なこの場所も、いつか記憶から消えてしまい、忘れ去られてしまうのだろうか。
そうやって、誰かの記憶からも消えてしまったら、何も残らないのだろうか。

“亡くなったじーちゃんとの散歩コースだったみたいで”

きっと、その時間はとても幸せで、とても尊くて。あの御婦人にとっては、何にも代え難い愛しい愛しい思い出だったのだろう。

共に笑い、共に手を繋ぎ、共に腐りかけのベンチに座って語り合った2人。

見たこともない。ましてや、はじめてあった御婦人の過去を想像しては、俺は彼女の失われてしまう思い出を1人心にしまった。


(本文文字数:2,000字以内)

#すべて失われる者たち文芸賞  

花澤薫様のこちらの企画に参加させていただいております!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました♡


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