映画 「真夏の夜のジャズ」 におけるアニタ・オデイの歌唱とハイファッション

映画のあらまし・・・
アメリカ合衆国の東北部に位置するロードアイランド州ニューポート市で開催される 「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」は1954年から現在も続く、伝統ある恒例の夏フェスです。
本作は1958年7月3日から3日間、67年前の真夏に開催された第5回フェスティバルの模様を撮った“熱い”ドキュメンタリー映画です。
ソニー・スティット、セロニアス・モンク、アニタ・オデイ、ジェリー・マリガン、アート・ファーマー、ジム・ホール、ダイナ・ワシントン、チコ・ハミルトン、ルイ・アームストロング、チャック・ベリーなど、伝説のミュージシャンたちが魅せる圧倒的迫力のパフォーマンスと、 それを楽しむオシャレな観客たちの姿を描いています。まるで場面のひとつひとつが完成された1枚の写真のような、 不思議な魅力にあふれた作品です。
この映画の監督を務めたバート・スターンは当時30歳。『VOGUE』などのファッション誌をはじめ、数々の先鋭的な広告写真でも話題のフォトグラファーでした。のちに“亡くなる6週間前のマリリン・モンロー”を撮影した作品『ザ・ラスト・シッティング』でも大きな話題となり、リチャード・アヴェドンやアーヴィング・ペンらと並び称される大御所となった人です。
会場を訪れる女性の多くがエレガントなドレスやモダンなワンピースを身にまとい、当時の “リアルな上流階級ファッション” が映し出されています。そうした女性たちの姿を、本作の随所に挟み込んでいるのは、バート・スターンのファッションカメラマンとしての本能かもしれません。
ひときわ輝いていたアニタ・オデイ・・・
アニタ・オデイ(Anita O’Day/1919– 2006)は、天が二つのもの「美貌と歌の上手さ」を同時に与えたと言われるシンガーです。
彼女は、このステージで<Sweet Georgia Brown >や<Tea for Two >などを歌いますが・・・その彼女の歌唱とともに観客が注目したのが、彼女のファッションでした。
アニタの出番は1958年7月7日の日曜の遅い午後でした。
彼女はノースリーブの体にフィットしたブラックドレスを着て登場。
裾には白地に黒の刺繍のレースがあしらわれています。ブラックの帽子にも広いつばに白いオーストリッチが華やかについている。そして白い手袋。50年代頃までは帽子と手袋は女性の身だしなみの一つでした。
真夏の高級避暑地で催されるジャズ・フェスティバル。日曜の遅い午後にふさわしい、アニタの歌を魅力的に際立たせる完璧な装いです。その装いをさらに完璧にさせたのは、彼女の履いていた「ガラスのヒールのミュール」です。普通なら、白のピンヒールのパンプスあたりを選ぶところですが、彼女のセンスはハイレベルでした。
ミュールは、つま先部分が覆われていて、かかとに留め具がない履物のこと。彼女はセミ・フォーマルな装いの堅苦しさを、見事にミュールでドレスダウンしたのです。カジュアル感が加わり、真夏のリゾート地で観客との距離感も縮まったのではないでしょうか。
ノースリーブから延びた長い腕を帽子の幅よりもずっと大きく広げ、観客に自分をアピールする。その日のアニタの美しい姿と歌声に観客は釘付けになったことでしょう。
それ以前の時代の、きらびやかでゴージャスなステージコスチュームとは違い、シックかつ華やかなアニタ・オデイの装いはジャズ史上にもファッション史上にも残る注目すべきスタイルでしょう。
このようなコスチュームが、素晴らしいパフォーマンスと映像を作り出しました。

オシャレすぎる観客の正体・・・
この映画の最大の特徴は「フェスティバルの観客」にフォーカスしたシーンが非常に多いことです。ミュージシャンの演奏シーンは全体の半分くらいで、残りは観客と風景描写に充てられています。さらに特筆すべきは、その観客たちが “オシャレすぎる”という点です。仕込みのエキストラなのか? と疑ってしまうようなエレガントな人々が、次々と映し出されます。
でも、当時のジャズの現場がすべてこんな雰囲気だったわけではありません。これほど優雅で洗練された人々がニューポート・ジャズ・フェスティバルに集まったのは、それなりの理由があるのです・・・
このフェスが行われるニューポートは、18世紀から北米の主要港として栄えた港湾都市です。かつては、忌まわしい奴隷貿易の拠点でもありましたが、19世紀に入ると夏の避暑地、保養地としても人気の場所となります。
当時ここには、鉄道王・石炭王などと呼ばれた大富豪や、政界の有力者たちがこぞって豪華な別荘を構え、それに伴いカジノやゴルフ場、ヨットハーバーも造成。この映画でも撮られているアメリカズ・カップや、ゴルフの全米オープン、テニスの全米シングルス選手権(現在の全米オープンテニス)第一回大会が開かれたのもニューポートなのです。
観客のファッション考察・・・


観客たちのファッションは非常に興味深いですね。まず目につくのがサングラスです。夏の屋外イベントということもあり、サングラス着用率が非常に高いですが、たとえば左右の目尻に沿ってつり上がったシェイプのフォックス型のサングラスをかけた女性客が何度も登場します。
一方、男性客は夏物のスーツやジャケットといったトラッドな服装が多いですが、これはステージのジャズマンも同様です。男性客のほとんどはノータイで、ラフにスーツを着崩しています。
ビートルズ登場前の時代ですから、白人男性の髪型は多くがサイドを短く刈り込んだクルーカットです。そしてサングラスはレイバンのブランド「ウェイファーラー」を装着。プラスティックフレームとの相性が良く、オシャレですねえ。
この映画の社会的背景・・・
ちなみに、アメリカではこの映画が公開された1960年以後、キューバ危機、ケネディ大統領の暗殺事件、そしてベトナムへの本格的軍事介入・・・と、アメリカ社会を揺るがす大事件が連続します。あれほど強固で豊かに見えたアメリカに暗い影が差し始めます。
この映画が作られた時期は、言ってみれば第二次世界大戦と朝鮮戦争を経てやってきた “つかの間の平和”でした。戦火が本土に及ぶこともほとんどなく、経済的にも圧倒的な優位に立った50年代のアメリカには、世界の富が集中し、人々は物質的な豊かさを享受することができました。そんな「豊かなアメリカ」を体現するような人々が、音楽に興じ、ヨットレースを楽しむ様子が描かれたのが本作品です。
「真夏の夜のジャズ」の雰囲気やファッションが、今なお憧憬の対象となっているのは、こうした“アメリカ黄金時代の最後のきらめき”が封じ込められているから、ではないでしょうか。
最後までご覧いただき有難うございました!

