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レムニスケートのボタン

星の曼荼羅は描き終わりました。今日。
スマホだと写りが悪いので、一眼レフどうしようか。お金が飛びます💸 やれやれ。
どうするにせよ、記録はもう少ししてからにしましょう。


15日の新月。久々に瞑想会だった。
仕事の後だと、眠くて…落ちかけたり浮上したり。しばらく彷徨いつつも丁度いいところで留まれそうと思った時。暗い石造りの空間に黒いフードを被った集団がいて、祈りをささげていた。その知らない国の歌を、一緒に歌おうとした。上昇しながら眺めて、再び何もなくなる。
しばらくして「クロウリー」ポツリと聞こえた。

戻ってきて参加者とシェアしたら、それはO.T.O.(東方聖堂騎士団)じゃないの?と。黄金の夜明け団とは違うのですね。1日中、レムニスケート(前回の記事で、シュタイナーのフォルメン画を載せた)のことを考えていたからかもしれません。


意識って面白いですね。

次の日の今日、ヴィンテージ物も扱うボタン屋さんへ行ったら見つけました。これは、フランソワ・ユーゴーという1899〜1981年の金細工師が制作したボタン。フランス人。スキャパレリやディオールなど当時のファッションデザイナーたちのために独創的で繊細なボタンをつくっていたんだって。


黄金の夜明け団やO.T.O.が活躍してた時代のボタンっていうのが、また。不思議なご縁(もともと、レムニスケート自体が、古くから伝わる伝統的なデザインでしょうけれど)

ということで、気になって調べてみました。

このボタンの作者フランソワ・ユーゴーは[レ・ミゼラブル]などの作者ヴィクトル・ユーゴ―のお孫さんだそう。読んだことないけど 笑
文豪ヴィクトルは一時期、降霊術にのめり込み、歴史上の人物と通信して創作したとかなんとか。
その影響をお孫さんが受け継いでいるかどうかはさておき…。

クロウリーがレディ・フリーダ・ハリスと一緒に、トート・タロットをデザインしたのが1938~1943年。5年もかかっています。そして、スキャパレリがフランソワにボタン制作を依頼していたのは、1939~1945年という情報がありました。ほぼ、同時期なのですよね。スキャパレリ自身、占星術などの神秘主義的テーマをモチーフとしたデザインを発表していたこともあって、そう思うと…このボタンはオカルトな影響下のもとにつくられている、と言えなくはなさそう。


なお、このレム二スケートが出てくるタロットカードは、1.魔術師と11.力です。それで、今度は書籍を読んでいました。特に11.力のカード。自己想起とも深い関係がある。このシンボル(∞)を見る度に思い出そう。

これは生命の絶え間ない循環、上下の交わり。解くとウロボロスになる。

このカードを一言でいうと、奴隷から開放される行為だ。グルジェフは、人間は機械だと述べていた。思考、感情、身体の動作は、無意識に特定の印象、人格像などに自己同一化しており、自動運動をする。奇妙なことに、私達は自由意志を発揮するというと、自分の好きなことをすると思いがちだが、これは自分が無意識に同化しているものに隷属することを意味するので、機械化、自己の不在に向かう。カレーが好きな人がカレーを食べるのは自分の癖の奴隷となることで、自由意志の反対だ。 感情の癖、思考の癖、動作の癖はたいてい連動しているので、この機械的な癖が発揮できないような複雑で精巧なダンスをすることで、無意識の同一化から覚醒するということがムーブメントの大きな意義なのではあるまいか。 また、ロベルト・アサジョーリの、無意味な行為に集中するというメソッドも役立つ。何かに無意識に同一化している人は、そこに意味があると思うからだ。

タロットの神秘と解釈 松村潔 254ページ

自己同一化。

絵を描くことはピアノを弾くことは、自己同一化を解くことであると思った。創造する者はきっと、この苦しみを味わうことだろう。これまで、どれだけの“なりきり”をしてきたことか。子どものころに描いていた絵が、あの画伯のような絵が。
私はこれを捨てない。
それも“自分”だった。

本質とは何か。
それを覆うものとは何だったのか。

私は多くの理論を知らない。つい最近まで変性意識という言葉も知らなかったし。それでも日々、淡々と行っていく。
だいじなことは自分の足で立つこと。すっごく難しいけど。意志の力は、自分のうちにある。

その自分とは個に閉じ込められておらず、ウロボロス、レムニスケート上にあって古今東西変わらない。そのようなところにある智慧を求め、人は真我に辿り着くのだろうか。

直接習えるものと、習えないものがあると聞いています。それも、ある程度できていないと分からないよね。

できてると思ってると尚更わからん。

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