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グルジエフに、想う

少しづつ、kindleの編集作業を進めています。
十牛図と曼荼羅の取り組みを載せたいと思う。

文体をこだわりたいな。



やや厳しめです。
ごめんね。

あえて、マウントについて書いてみる。グルジエフの機械的反応だろうか。どう思いますか。


この数ヶ月、ウスペンスキーの読書会に参加した。これは貴重な教えであるが人によっては目を背けたくなるような内容でもあるだろう。自己想起は5分でも難しいから、心せよということだ。
世の中、本当に自分が思うほど成すことなどできない。できているという反応に‘緩衝器’がある。


どこまで観察できているだろうか。
何にしてもそうだ。


性センターが立っている(仙人)などと言えるのかな…熱狂。盗んでいるらしい。


‘良心’の視点なのか、複雑な動きをすることもあるでしょうね。そこに恒星の何かが、あらわれるように思う。発破かけるとかは、マウントではない。
食えない奴なんて、言ってさ。

そもそも三分節(思考・感情・身体)が揃うということ自体が難しい、と何度も書いておこう。だから、絶えずそのことについては自己調整しなければならないと。それが本当にできるのか、と考えることだ。


私、厳しいですかね。
こんなこと書くと誰も近寄りたがらないので、もうちょっとな。陽気な感じにしようか。ただ、文面には透けるというか、エーテルレベルでバレるから…。本当に自分で書いたことは1日くらい置いてから投稿したほうがいいかもしれない。
まあ、いいか。


色々あったのだろう。
社会で起きてることと同じになってしまわないように。もしそうだったら、だめだよ。多くの方が昨今のAIの推進も喜んでいるけど、その裏の意味は考えない。いや、考えるか。大変なことだもの…。
あと、褒められて、額面通りに受け取らないようにします。キツイことだ、私はたまに駒が見える。
局面。だから、真剣に考えると陽気になれんのだよ。自分との戦い。

エソテリックスクール、か。
思えば、勝手に108枚って決めてやったり、ベートーヴェンのピアノソナタ31番に永遠性を感じたり。
神智学の本も走行している。クリスタルワークもだった。これじゃ、休職にもなる。いや、変容しなかったら逆におかしい。そのなかで、繋がるのだな。


誰が三角描けと言った。
応援頼んでがんばりますかᐠ( ᐛ )ᐟ

最後は陽気になったなー。


そのように奮起させてくれましたね。
全て自分の捉え方1つで変わるだろう。ワークに関しても、このように成立するよう励みたい。同じ動作の繰り返し(三角描き続ける)により、自分自身にどんな感情が起こるのか観察する。


それで、私が言いたかったマウントって、個別性ではなく。対象が個じゃない。傲慢な人類が、石、植物、動物…それらの過程すらコントロールできると思っていることに問題があるのではないか、ということなのです。

つまり、従来の十牛図に対する、挑戦。





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