文学フリマ京都。【激闘・減薬記②】
減薬開始から数週間、私は危機に陥っていました。
入稿
そうです。私は今年1月の文フリ京都10に出店予定だったのです。
減薬が始まったのは去年の12月。
体調は万全とは言えません。それでも出たい。本を作りたい。
年末年始の休業を挟んで製本……間に合うか?
日記を見返すと、私が入稿したのは12月28日。
翌日発送コースまであるのですから、まあそんなものかもしれません。
そのころの私は小説は書けず、それでも生活を保っていました。
このまま減薬成功するのか? とも思いました。
しかし、しかしです。
書けないことがつらすぎる。
それだけのことかよと言われるかもしれません。
私もそう思います。
命にはかかわりません。
小説なんて、書かなくても生きていけます。
それなのに「書けない」ということが強迫観念のようになっていました。
あまりにもあまりな体験だったので、もはや記憶もあやふやです。
うろ覚えの思い出をあさると、そのころからだったでしょうか。
書けない、書けない、
書けない
頭の中にバッタの大群が住み着いてブンブン跳んでいるみたいにその言葉を繰り返していました。
もう文学フリマは行かない。
小説もやめる。
何度も思いました。
それでも私は這いずるように入稿し、年明け、初めての自分の本を手にしました。
体調がすぐれない中で仕上がった本は素人臭くて、それでも本としての体裁を成していました。
これを、売るんだな……
感慨深くなる暇もなく、ふらつく足で出店準備を進めました。
そして迎えた当日ーー
朝っぱらから私は悩みに悩んでいました。
果たして会場までたどり着けるのか?
接客ができるのか?
家に帰りつけるのか?
キャンセル、という選択肢もありました。もちろん各方面にご迷惑をおかけします。
参加してもしなくても迷惑?
私は行かないほうがいいのか?
それでも私は出来上がった本をしまい込みたくはありませんでした。
身体症状のおさまった今しかできないかもしれない。
行こう。
ズッシリと重いリュックを背負い、私は家を出ました。
最寄り駅についてすぐさまリュックを降ろして休憩。肩が抗議の声を上げていました。
電車の中でもリュックを床に置いて一息。
特急の座席の隙間にリュックが入らず、慌てて席を離れたりしました。
そして京都に到着。
あれ……?
なんだかスーツケースの人がちらほら……
あっ! 文フリの人か!
ここまで来ると怖いものはありません。
スーツケースの人たちについていけば会場に到着します。
電車の駅から出てしばらくバスに揺られて着いたのはーー
みやこめっせ!!!
荷物を抱えた人たちが集っています。私も参戦すべく入場券を手に入口へ。
……入口、どこ?
いや、人の流れに乗れば大丈夫。こういうときのサバイバル力には自信があります。
無事に入場を済ませ、自分のブースを探します。
……ブース、どこ?
早めに会場入りしたにもかかわらず、すでに設営を始めている人がちらほら。
ここは慌てず騒がず黙々と地図を見ます。
なんとか自ブースにたどり着き、私も設営を開始。
……あれえ? 地味?
なんだかぱっとしません。しかしもはや後戻りはできません。
突き進むのみです。
突き進んだ先に見えたもの、それはーー
【激闘・減薬記③】に続くかは、誰も知らない。
✤✤✤✤✤
今回は万全の体調で用意しました。大丈夫です。取って食べたりはしません。
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