自分をいじめる思考を取っ払うために始めたこと。
昨日、あることが発端で号泣した。
くやしいのと、腹が立つのと、悲しいのと。
なぜ、涙が出てくるのだろう。
今の感情を言葉で表すと、どんな言葉になるのだろう。
うまく説明ができない。
言葉より先に、思考より先に、感情がわんわんと喚いていた。
夫が言う。
もっと自分にやさしい言葉をかけてあげないと。
今だって、じゅうぶんできているのだから。
頭ではわかっていたつもりだった。
身体と心にやさしく。
とか、noteでも、いとも簡単に言葉にして残していたのに。
それでも、だ。
ぜんぜん、自分にやさしい思考をしていなかったことに、はたと気づかされる。
わたしの強みは、「向上心」「成長」
けれど、これは時に、自分の心に鞭打つ暴力にもなる。
まだまだ、がんばらないと。
ぜんぜん、できていない。
今日も、何もできなかった。
思いや、やりたいことが、不完全燃焼のまま蓄積されていって、それが行き場のない感情となり、号泣という形で噴出したのだった。
自分にやさしくなりたい。
でも、それができないんだ。
どうしても、頭の中で、自分に厳しい言葉を投げかけてしまう。
どうしたらいいの?
どうしたらいいんだろう…
できたことに目を向けること。
ちょっとでも、できたことに目を向けられたらな。
そんなことを考えていると、ひいろさんのnoteで書かれていたことを、ふっと思い出した。
さっき、この記事を読んでいると、また涙が込み上げてきた。
ベッドの中からでられないけど
手をグーパーできた。
すごい!という日がありました。
バナナの皮をむけたよ。
エライ!という日がありました。
今、当たり前にできている
たくさんの事はけっして当たり前じゃなくて
今日という日常は
どんなに望んでも
叶えられなかった未来です。
だからこそ
お風呂の掃除ができることは
お風呂の掃除ができた!
すごい!わーい!なんです。
ひいろさんの文章はとてもやさしい。
それは、きっと自分に投げかけている言葉がやさしいからなのだと思う。いつも、自分にあたたかな言葉をプレゼントしてあげるように、やさしく渡している。だから、読んでいるわたしや、多くの人が、やさしさを受け取っているのだと思う。
いっぽう、わたしは自分に厳しい。だから、日常生活で、ひとにも厳しくあたってしまうことがある。わたし自身が自分に厳しいから、他人に求める基準値も高いし、「できて当たり前」というスタンスで接してしまう。
「相手を否定すること」をやめたい。
こんな記事も書いたけれど、ようやく意識できるようになったのはごく最近のことだ。
けれど、根本的な解決に至っていない。
それは、「自分に厳しい」思考をやめられないからなのだと思う。
(こんなふうに書いている自体、自分にやさしくない、ですよね)
noteを書いていると、たくさんの励ましの言葉をいただく。
自分が目に留めてもなかった、がんばりに光をあててくださる。当たり前だと思い込んでいたことが、そうじゃなくて、すごいことなんだと気づかされる。
もし、わたしが、そんなふうに、やさしい励ましを、いつも言ってあげられていたら。
自分をいつでも認めてあげて、
自分をいつでも肯定してあげられて。
ダメな自分すらも、
否定してしまう自分すらも、
できなかった自分すらも、
がんばっているよと背中を押してあげられたら。
そんな自分にやさしい考え方ができたら。
そう思って、昨日から始めたこと。
「three good things」を、ご存知でしょうか。
その日よかったこと、できたことなどを3つ、ノートや手帳に書き記す。
やっていた時期もあったけど、そもそも、できた基準値の高いわたしは、「できた、すごい!」と心底思えなかった。だから、書いていても、気分が上がらなかった。
この「three good things」を、夫にLINEで送ってみることにした。
夫は、小さなことでもできて当然だと思わない。「がんばってる!できてすごい!」と思う性格。
だから、小さなことでも、わたしも「できてすごい!」と思えてくるんじゃないかなぁと。
自分にやさしくなりたいな。
自分のいちばんの応援者でいたい。
そんな望みを叶えるために、30日間続けてみたいと思います。
noteを書いているおかげで、みなさんのやさしさに触れることができています。
そのおかげで、自分にやさしい考え方を教わっています。いつも応援していただき、励ましていただき、ありがとうございます。
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