インプットとアウトプットの掛け合わせで文章が形づくられている
「この人の文章はすごい」
と思わせる力を感じるとき、何がそうさせるのだろう。
言葉をひとつ読んだだけで見事にぐいぐいと世界に引き込まれていく。情景がはっきりと目の前に浮かび上がり、舞い踊っているかのよう。そんな文章がさらさらと波打つように流れている。
こころは深いところで共鳴を起こし、感動が沸き起こる。
読むことができてよかった、
出会えてよかった、
そんな文章はどうやって形づくられるのか。
わたしは、
「インプット」と「アウトプット」
の掛け合わせなのではないかと思っている。
まず、インプットに関して。
入力。何を書くか。
「何」に値するところ。
インプットなしには書き出すことはできない。
珍しい体験をした、
特異な環境で生まれ育ったなど。
それは、唯一無二のコンテンツとして、強烈なインパクトを与えるだろう。
コンテンツ力が高いことは、書くことにおいて武器となる。
それとは、相対した位置にあるかもしれないのが、なんでもない日常を、オリジナリティ溢れる視点や情感で掬い取る力。
これは、よく聞く「解像度が高い」という言葉に落とし込めるだろう。
どれだけ細やかに日々の小さな瞬間を掴み、自らの感情を揺らがせられているか。それは、その人自身の「生き方」に通じるものでもある。
文章そのものに生き方が反映されるので、根強いファンをもつのも、こうした特徴を持った著者が多いように見受けられる。
そして、アウトプット。
出力。どう描き出すか。
「どうやって」に値するところ。
文章力が試されるところ。
語彙力、感情表現、情景描写。
読者意識。独自の世界観。
本を読んだり、スクール等に通ったりすることで、ある程度、文章スキルを高めることができるだろう。さらに、目的意識や意図が明確にあると、自分の描きたい世界観をより鮮やかに映し出せるように思う。
どちらも必要不可欠なもので、「インプット」だけでは人に伝わらないし、「アウトプット」だけでは深みを感じられない。
そのどちらもが高い値で掛け合わさるとき、人を魅了する文章となるように思う。
書いているのは「人」
感じたものを、どう掬い取り、描き出すのか。
その人が書いたものを読んで、その人の生き様や、人としてのあり方に共感し、感動する。だから、また読みたくなる。
時々、こういう、哲学的なことを書きたくなる。有益なものから遠ざかった、単なる自己完結の文章を。こういうことを書いていると、縛られているものから解き放たれるような自由な気持ちになるんだよな。
おわり。
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