見出し画像

今日もいい一日でした。

過去にずっと読んでいた、大切な人のブログが突如として消えたことがあった。

なにかの間違いかと思って、何度も検索をかけた。どこかに残っていないか、自分の記憶をたどって、文章を打ち込んだりもしてみた。けれど、残念ながら見つけることはできず、大切な場所が跡形もなく消えてしまったように思えた。

その頃、心身ともにボロボロだった時期。一筋の光でもあった存在だったから、言葉通り、悲しみに暮れた。

今も、ない。

すこしだけ記憶に残っている言葉もあるけれど、たくさんの救いの言葉を、もう思い出すことはできない。



たくさんの人がnoteの街にやってきては、去っていく。お別れを言う方もいるけれど、言わないまま、いつのまにか去ってしまう人の方が多い。私は、なぜ、こんなに長く滞在することができたのだろう。不思議に思う。

そして、なぜ、育ててきたアカウントをぱっと手放す気になったのだろう。それも、考えてみたら不思議なものだ。



大切な人のブログが消えて、しばらく経った後、また新たな場所で、その方の文章を読むことができるようになった。それがnote。いうまでもなく、私がnoteを始めた理由でもある。

その方は、どんな気持ちで手放したのだろう。

そして、どんな気持ちで始めたのだろう。

それは、わからないけれど、新しい文章は、すこし前を向いているように見受けられた。前述同様、心身ともにボロボロだった時期。でも、私も前を向くしかない。そう思って、note、この場所を出発点としようとした。

2016年1月25日
どんな気持ちで始めたのだろう。

2026年5月31日
どんな気持ちで手放すのだろう。

自分のことなのに、よくわからない。
言葉にしようと思えばできるだろうけれど、どの言葉も的外れのように思えてしまう。


じゅうぶんに、歩いてきたな。


この靴で。


新しい靴を履いて、違った道を歩いてみたくなった。


そんな気持ちがいちばん近いのかな。


大好きな靴。どこまでも、思いのままに歩いてこれた。

そこで出会えた人たち、見れた景色は、ずっと心にしまっておきたい大切な宝物。ずっとずっと忘れない。かっこよく去るのが潔いかもしれないけれど、私は消すことができなかった。忘れたくなくて、残しておきたかった。

だから、このアカウントは消さずに残させてください。

新たなアカウントは、6月から開園する森のようちえんでの活動の投稿が中心になります。落ち着いたら、投稿をスタートしたいと思います。

今まで、このアカウントで出会ったみなさん、ほんとうにありがとうございました。みなさんの幸せを心から願っています。


こちらが新しいアカウントです。

森のようちえんでは「めーめー」というニックネームで呼ばれています。新たなアカウント名も「めーめー」で、よろしくお願いします。


今日で、やまだめぐみとしての投稿はおしまいです。これからも、みなさんの投稿はふらっと読みにくるかも。DMやコメントの返信もゆっくりさせていただきますね。





いいなと思ったら応援しよう!

やまだ めぐみ あなたの支援を、フリーランス活動の励みとさせていただきます。よりよいサービスづくりに反映させていただきますね🌿