【企画参加】自分の枷を少し外してみる
愛にひたすら飢えていた。
愛されたい、好かれたい。
嫌われたくない。
好かれるには「いい人」にならなければ。
大事にすれば、大事にしてもらえる。
いつしかそんな思いが私を支配していった。
明確に感じたのは一人暮らしを始めた時。
自己愛はもちろん自己肯定感全くなかった、あの頃。他人にすがるしかなかった。
相手の気持ちを常に考えて、喜ばせて。
先回りして。
今思えば他人とかなり丁寧に接していた。
それは自惚れじゃなくて、他人からも認めてくれた程。
だが、それは自分に対して相当無理をしていた。
場の空気を読んで、率先して自ら取り組んだり、常に奔走していた。
自己犠牲がしっくりくるかもしれない。
それが自分がやりたいことならなんの問題ない。
だが、根底にあるのは
自分が動けば、
いい人に見られたい。好かれたい。
あなたがいてくれて良かった。
と言って欲しかった。
必要として欲しかった。
そんな感情ばかり。
下心むき出しだった。
自分の禍々しい感情は飲み込み、そんな自分を常に否定していた。
だが、とうとう限界はきた。
結局のところは「いい人」はなれず、
「都合のいい人」だった。
便利屋さん。
作りものの私。
苦しかった。
もうやめようと、素の自分を晒した。
本音を少しずつ伝えた。
まがなりにも私に何かを期待していてくれたのだろう。
期待に応えられず、がっかりさせたのだろう。
次々と人が離れていった。
時には「雑に扱われた」と一方的にキツい言葉を投げつけられて。
さっきまではにこにこしていたのに。
良好な関係だと信じていた。
信じていたかった。
結局私、はなんだったのだろうか。
ただ使い勝手が良かった。
替えがきく存在だったんだ。
人と関わるのが怖くなった。
オンオフ含めて。
それから数年の時が経った。
自分を表現するツールとして、noteを選んだ。
noteを始める時に決めたこと。
・誰のためでもなく、自分のためだけに書く。
・知り合いには見せない。
0フォローフォロワーでいいとすら思えた。
それでも気になる人にはスキのリアクションをしていた。これくらいで良かった。
交流はしたい気持ちはもちろんあったが、もう傷つきたくなかった。
そんな時、休職した。
もう、誰に気にすることもない。
どう思われても構わない。
思いの丈をひたすらにnoteに綴った。
すると不思議なことに見てくれたり、声をかけてくれた人があらわれた。
有意義な、タメになる内容なんて一切書いてない。
自分を良く見せるのもやめた。
やめたというか、もうそんな心の余裕は一切なかった。
それでもいた。
私を見てくれる人。
いたんだ。
それからまた数年。
ようやく少しずつ、自分を受け入れらるようになってきたかもしれない。
今のままでもいいのかなと肩の力を抜き始めた。
他人に対して、こうして欲しいとかはこっちの単なる願望にしか過ぎない。
努力だけではどうにも出来ないことを知ったから。
世の中には頑張ってもどうにもならないことはある。認めるのは辛いけど。
だったらどうにかなる道を模索するしかない。
時には頑張らなくてもいい。
休んでもいい。
そう思えたら、だいぶ生きやすくなった。
今の自分は、そう悪くないんじゃない?
って思う。
そんな風に思えるのが嬉しい。
こちらの企画に参加してます。
内容がやや重たいので、書くのめちゃくちゃ悩みましたが、それでも自分語りしたい自分には勝てなかったです。
きっかけを、勇気をありがとうございます。
引き続き語ります!
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