あの日、誰かのために生きるのはもうやめた(30日プログラム)
愛されたい、必要とされたい。
↑↑何度書いてるんだってくらい書いてる。
多分わたしの中でずっと根底にあったもの。
もしかしたら今もあるのかもしれない。
いつだってそれだけを考えて生きてきた。
今思えば、結婚や出産に関しての願望もそこに行き着く。
妻になれば、母になら愛される、必要としてもらえる。
ポジション、居場所が欲しかったのかもしれない。
ただ、結局のところそれは自分には難しかった。色んな出会いへの努力はしたけれども。
無理していた。
そこにはいつだって自分はいなかったから。
こうでなきゃいけない。
そんな理想、作り物の自分を作っていた。
そんな自分を見てくれる人はもちろんいなかった。
だったら仕事ではどうだろうか。
仕事に関しては結構意欲的だった。
やる気もあった。
頑張りたかった。
あなたが(来て)いてくれて助かったよ。
それだけで良かった。
その一言が欲しかったんだ。
そしたらもっと頑張れたのに。
新しい部署の直属の上司はわたしを見てなかった。全く視野にも入らない。
今思えば、人として見てもらえたのかなと思う。動かしやすい単なる都合のいい人形なのか。
ただ一方的に圧をかけるだけ。
時間が経てて慣れたら少しは受け入れてもらえるかな?
なんて淡い期待を抱き、ひとまず1年、必死で頑張ったけど、何も変わらず。
そんな環境下にいて、わたしはいつの間か動けなくなった。助けは求めて、手は伸ばしたけど、触れることさえなくて。
それこそ電池切れ…空っぽ。
なんなんだろうな。
重なる時は重なる。
友人関係にも亀裂が少しずつ入る。
懇意にしていたと思う人達から、よく分からず疎遠にされたり、時には理不尽な激しい言葉をぶつけられたり。
自分としては誠意ある対応だと思って接してきた。
本音は飲み込み、先回りして相手の気持ちを察してた。嫌な思いさせないように。
皮?鎧を何十にも重ねて被って。
一見優しいのかもしれないが、多分怖かった。
嫌われるのが、ひどく。
ご機嫌取りに必死だったんだ。
原因は自分だけにじゃない。
とは今は思えるけど、当時は自分を責めてた。
嫌う人は何しても嫌うんだ。
世の中には自分の努力だけではどうしようもないことがある。間違いなく。悲しいけどね。
もう、いいや。
何か糸が切れたのかもしれない。
これからは自分のために生きよう。
会社辞めても良かった。
けど、辞める勇気はなかった。
幸いにも休職制度はあったので、
それを活用した。
わたしが休んだら会社が困るとは一ミリも考えなかった。
もう、知らんと。
なんだかんだで会社は、世界は回るんだから。
本来なら会社に出向いて正規の手続きをして休むのが筋だ。
だが、そんな力はもうなかった。
特に引き続きもなかったのもある。
一方的に連絡して、必要書類だけ郵送した。
自分のことながらおっかなびっくりしてはいたが、ちょっと気持ち良かった。
人生の中で、初めて?くらいの勢いで
歯向かった気がした。
自分のために生きる。
自分のこと、少しずつ出せるようになった。
本音言えるようになった。
それで人が離れるかと言われたら必ずしもそんなことはなくて。
ご縁もあった。
当初望んだ結婚とかとは違うけど。
結果的には誰かのために生きるに繋がっているようにも思えるようになった。
特に休職や復職のこと。
自分の体験を伝える。
怖くもある。
でも伝えること、寄り添うことで
小さくても誰かの力になることがあるから。
そうやって思える今がとても嬉しい。
あの時、踏み出して良かった。
お題で書きました。
「Day12 ターニングポイントはどこでした?」
5年前の休職。
あれが無ければ多分今は全く違う人生に。
そもそもここに🐬すら。
復職も継続中。
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適応障害で130日休職したリアルな話。
休職絵本作りました。
優しいことばとイラストで。
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