【短編小説】こころの在処
私は今、古い手書きで書かれたレシピ帳を
開いている
そこに書かれたレシピは
ほとんどを網羅し
完璧に作れるまでになっていた
これは昔ある人にもらった
大事なノートだった。。
その人は私の心のありか。
いつでも私の心が帰る場所。
だから私はレシピを完璧に
作れるようになった今でも
このノートを開いては
その人を思い出す
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あれは私が高校生の頃だった
私には家庭に居場所がなかった
学校へ行っても
いつも家庭のことを友達には隠していたから
どこかうそのない話ができなくなっていた
何かいつも心にはすきま風が吹いていて
とても寒かった
そんなある日
私は街の外れに1軒の喫茶店を見つけた
お金もなかったので
入る気もなかったけど
アルバイト募集。の張り紙があった
何かに吸い込まれるように
その店に入った
店内に目をやると
そこは異世界に迷い込んだように
少し教会のようなステンドグラスの窓
アンティーク調の椅子やテーブル
細い柄のやかん
なんだか現代からは
少し取り残されたような
不思議な雰囲気に包まれていた
カウンターの中には
50代くらいの男性が
珈琲豆を挽いている
店内はその香りに包まれ
私は少しその雰囲気に飲み込まれていて
男性のあいさつすら
耳に入ってはこなかった
店内を眺めていると
男性の声がやっと耳に入ってきた
「いらっしゃいませ。。お席にどうぞ。」
優しい声だった
私は「はい。。すいません。。表の張り紙を見てきました」
「ああ。。ではカウンターにお座りください。」
「よかったらうちの珈琲でも飲みながら、、珈琲はお好きですか?」
「はい。」
「よかった。では今入れますからお話しながら面接にしましょうか。。」
とても男性の声が優しくて私は涙があふれた
久しぶりに温かいものに心が触れてしまって
どうしても止めることができない。
「、、、もしよかったら話してもいいですよ。私でよかったら。きっと知らないからこそ私なら話せることもあるのかも。。」
私は何故か初めて会ったその人に
自分の家庭のこと、学校のこと、
今自分が考えていることなど
今まであった事をせきを切ったように
話す
いつも防波堤を持ち
いつもそれで心を守ってきたのに
誰かに話せば
より今の境遇を認識して
辛くなるかもしれないのに
それでもその人には
隠すことができなかった
話し終わるとその人は静かに
とてもいいタイミングで
珈琲を出してくれた

「、、、落ち着きますよ。」
「、、、はい」
珈琲を飲んで私は
「美味しい。」
と言葉が勝手に出ていた
話したことも
何もかも
すーっと流してくれるみたいに
その一杯の珈琲を
ゆっくりとのんだ。
そのときは
2人何も言葉を交わすことはなかったけど
なんだか今まで味わったことがないような
幸せで満たされるようなひと時だった
「ありがとうございます。。」
「どういたしまして。。」
マスターとの初めてのやりとりだった
マスターと出逢い
早速次の日からアルバイトをすることになった
緊張の中、店に出勤する
「こんにちは」
「待ってたよ。さぁまずはこれ(エプロン)して」
マスターは優しく注文の取り方やメニューを
細かく話してくれた
マスターは口数は多いほうではないけど
店のレシピの話になると
とても饒舌になる

「このカレーの隠し味はね、、」
と楽しそうに話す
話す姿はまるで子供みたいで
私もなんだか微笑んでしまっていた
そんな私を見て気づいたのか
マスターはいつも咳払いをして
少しだけ照れた表情を浮かべる
その顔がまた私は大好きだった
店には常連さんが数人くるだけで
本当にアルバイトが必要なのかさえ
分からないくらいだった
でもその喫茶店は私の心を
落ち着かせる場所だった
そしてマスターとの時間は私にとって
心が帰れる場所になっていた
でも最近は数人来ていた常連さんさえ
来なくなっていた
2人の時間は私には楽しいものだったけど
高校生の私でも店が心配になるほど
閑古鳥がないていた
ある日マスターが静かに私に言った
「店をね、、閉めようと思うんだ、、」
「え?」
心配はしていたが突然のことだったので
やはり言葉は出てこなかった
「ごめんね、、」
首を横に振る私
「この店を閉めたら私は旅に出ようと思ってる、、」
「え?、、、会えないんですか?」
うなずくマスター
「どうして?そんな、、ひどい、、私、、また1人、、」
涙がぽろぽろと落ちた
心がやっと見つけた場所だった
だからより辛くなってしまった私
少し沈黙が流れたあと
「聞いてほしい、、私は旅に出る。店もなくなる。
でもいつでもあなたの心が帰れるようにこれをあなたに渡したいんだ。」
マスターはそういって1冊のノートを
私に渡した
そのノートにはレシピ
とだけ書いてあった
中を見るとビッシリと手書きの文字が並んでいて
事細かにレシピの詳細が書いてあった
「これは、、」
「うちのレシピだよ。私が何年もかけて作り上げてきた私の子どもたちなんだ。」

中を読んでみた
高校生で料理の経験のない私には
少し難しい言葉もあった
ただそのノートからは
とても温かいものを感じた
そしてそれはマスターの生み出した努力の
結晶だった
「、、、もらってくれるかい?」
「、、、はい。こんな大切なものいいんですか?」
「あなただから渡すんだ。いつでもこの場所に帰っておいで。寂しくなったら一緒にこのレシピで料理をしよう。」
私は涙があふれた
でも中を読んでいると不思議と悲しい別れではなくてこれはきっとマスターとずっと繋がっていける場所のような気がしてきた
「、、、はい。いつかこのレシピ全部できるようになったら店を持って私、マスターを雇いますね笑」
「、、、そのときはよろしくね。」
それからしばらくして店はなくなり
マスターは旅立った。
私の手元には
一冊のレシピ帳だけが残った。
寂しくないと言えば嘘になる。
それでも、ここを知る前のような心のすきま風は、もう吹いていなかった。
レシピを開くたび、珈琲の香りと、あの日の優しい声が帰ってくる。
心の在処は、場所ではなかった。
誰かがくれた温もりは、形を変えて
ずっと心の中に住み続ける。
そして今日も私は、古いレシピ帳を開く。
あの人に、「ただいま」と言うように。
おわり

