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音戸渡船

 瀬戸内の島に住んでいた頃、渡し船に乗って母と買物に行っていた。対岸まで百メートルほどの、日本で一番短い定期航路だったと後になってから聞いた。当時自分はまだ幼稚園にも上がる前で、多分二歳かそこらだったろうと思う。
 本土へ渡ってからどうしたかは覚えがない。渡った所に店などはなかったはずだから、そこからバスに乗ったのかも知れない。 

 数年前に帰省した際、墓参りに行く途中でこの渡し船に乗った。別段乗る必要はなかったのだけれど、何となく乗っておきたかったのと、娘にも渡し船を体験させてやろうと思ったのである。
 実に四十年ぶりのことで、覚えているのは乗ったことと海月を見ていたことぐらいである。乗り方など実務的なことは何も覚えていない。乗り場へ行くと渡し賃が書いてあるきりで、前払いとも後払いともわからない。
 ちょうどベテランホステス風のおかみさんがいたから、前払いですかと訊いたら、「私、わかりません」とびっくりした顔で手を振った。
 とうやらスタッフではなかったらしいが、利用客にも見えない。それなら近所に住む身内同然のおかみさんではないかと当たりを付けたが、それなら支払方法ぐらいは知っていそうなものだ。どうも都合の悪い不自然なおかみさんだと思った。
 もっとも、おかみさんが何者であろうと、スタッフでないのならここにスタッフはいないということだ。きっと船頭に直接払うのだろうということで片付いた。

 良く晴れて、海面がキラキラしている。
 浮桟橋で船を待っていたら、近くを水中翼船が通り、浮桟橋がゆらゆら揺れた。
「ひゃぁ!」と娘が随分な声をして母の手にしがみついた。それで母が娘を連れて陸地へ上がった。自分はそのままゆらゆらしていた。
 じきに船がやって来た。時刻表はなく、お客が来たら船を出すらしい。だから浮桟橋にいないと、対岸からは見えなかったかも知れない。
 乗客は三人きりだった。果たして、ベテランのおかみさんは乗っていない。いよいよ何者なのだかわからなくなったが、波間の海月を眺めて、ホステスを頭から追い出した。
 そうしている間に対岸に着いた。


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