刀と親子
居合道場に通っていた頃、ある日稽古に行ったら先生がぷりぷり怒っていた。
「百さん、先週あの刀屋に行ったんだがね」
あの刀屋とは、岐阜にある馴染みの店である。元はこの先生に紹介され、稽古で使う模擬刀の新調や修繕などの際にはいつもここに依頼していた。
「はぁ」
「あの奥さんの物云いがあんまり無礼なものだから、社長にメールを送っといたよ」
「メールですか?」
「客を客と思ってない。あんな調子ではもう店を利用したくない。うちの百もマッコイも、みんなそう云ってる、って」
「は……?」
奥さんとは、社長の奥さんである。確かに幾分ストロングスタイルの接客で、ちょっとどうかと思うところもなくはない。しかし自分もマッコイ君も、その人の応対を笑い話にこそすれ、怒った覚えはない。まして、利用したくないなどとは一言も云っていない。
現に、この日も稽古の後で刀の修繕を依頼しに行くつもりだったので、勝手にそんなメールを送られてはどうも都合が悪い。
ところが当の先生は、こちらの困惑に一向気付かず、「まったく」「けしからん」「ふざけてる」と、相変わらずぷりぷりしている。
周りの門下生もぽかんとしている中で、どうも厄介な先生だと思った。
結局、稽古の後で先生には黙ったまま、予定通りその刀屋へ行った。
果たして奥さんが対応してくれて、自分は先生のメールについて預かり知らない旨を伝えようかと思ったが、話が変にこじれてもつまらないと考え直し、先方から何か云って来るまで黙っておくことにした。
先方はメールについて何もコメントしなかったけれど、心做し、いつもより当たりが柔らかいようにも思われた。
職人さんに刀を手直ししてもらっている間、茶を飲んで待っていたら、中学生ぐらいの少年と母親がやって来た。
「これから習うんですが、入門用の刀を用意してくるようにって云われたんです」
母親が何だか困ったような顔で言うと、奥さんはうんうんと大きく頷き、棚から刀を三振りばかり取り出した。
「入門用だと、うちだとこの辺りになりますが、何かご希望とか条件とかはありますか?」
「いえ……、全然わからなくて……」
「……そうですか……」
「……はい……」
「……」
「……」
「……百先生、選んであげてください」
「……は? 自分は先生じゃありませんよ」
「参考意見で結構ですから、お願いします」
「お願いします」
そう言って母親も頭を下げて来るので、一通り振ってみて一番バランスの良さそうなのを勧めておいた。
母親は随分感謝しながら帰った。少年は終始俯いたままだった。当人はあんまりやりたくなかったのかも知れない。
それからじきに、自分は先生と揉めて破門になった。だからそれぎり刀屋にも行っていない。
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