夜逃げの記憶
実家で母がインスタントラーメンを買う際は、大体サッポロ一番のみそか醤油だったように思う。随分昔の、しかも些細なことなのでもうあんまり判然しないけれど、チキンラーメンを食べた覚えはあんまりないのである。
だから大学生になって一人暮らしを始めてもインスタントラーメンは自然にサッポロ一番を選んでいたが、別にサッポロ一番にばかり義理立てすることもないと気が付いて、ある時チキンラーメンを買ってみた。
早速作ろうとしたところで、誰が云ったか、チキンラーメンは茹でなければベビースターラーメンと同じだという話を思い出した。それでちょっと齧ってみたら、確かにそんな味がする。チキンラーメンは他と違ってスープの粉が最初から麺にまぶしてあるのである。それが予想外に美味くて、湯を沸かす間にちょっとずつポリポリ食ったら、沸騰する頃には麺が半分ぐらいになった。ちょっと具合が悪いようだから、それからはまたサッポロ一番を買うことにした。
大学時代はバンドをやって、毎月ライブハウスに出演した。お客はほとんどが学校の友人・後輩らだったが、ライブハウスで知り合った他のバンドのメンバーが観に来てくれることもあった。
対バン形式で18時開演だから、大体終わると20時頃になる。それから片付けて、みんなで打ち上げに行くのがいつもの決まり事になっていた。
小さなライブハウスで、ドラムセットやアンプといった機材は持ち込みだった。搬入は別段急ぐこともないけれど、終わった後はさっさと片付けて飲みに行きたい。それで全員で手分けして、いつも迅速に運び出した。
そんな事情を知らない、音楽関係でない友人が、「まるで夜逃げみたいじゃないか」と感心した。
夜逃げとは上手いことを云うものだ、さすが国文学科だと褒めたら、そいつは随分後になっても学校でライブの話をしていたら、「夜逃げみたいな片付けだよな。あれは見ものだよ」とニヤニヤした。
一度、何かの都合でライブ後の打ち上げをやらずに帰ったことがある。その時もやっぱり夜逃げのように搬出したが、飲みに行かないので勝手が違う。片付けの後、もらったギャラをメンバーで分けて、「じゃぁ、また」と現地解散した。それから電車に乗って一人で帰った。
部屋で買い置きのインスタントラーメンを作って啜りながら、ほんの1時間前にはステージで七色の照明を浴びながら、格好よく決めていたのだなぁ、俺。と思った。
サッポロ一番みそラーメンを食べると、今でもそのことが思い出されるのである。
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