地下鉄の子犬
朝、地下鉄の中で子犬のようなくしゃみが聞こえた。一度で済まず、二度三度と連発する。
あんまり続くと段々気になって、どんな子犬かとチラ見したら、子犬でなく頭髪の薄いおじさんだった。
七人掛けの端に座り、片手にスマホを持っている。そうしてもう一度子犬のようにクシュンとやった。きっと当人は、くしゃみが子犬みたいな自覚はないだろう。自分は何だか騙されたような、嫌な心持がした。
くしゃみがひとまず落ち着くと、子犬おじさんは今度はスマホに見入った。耳に無線のイヤホンを装着している。自分は、きっと何か動画でも観ているのだろうと見当を付けた。
すると今度は、何を観ているのかが段々気になった。ちょうど次が乗換駅だったので、扉の前へ移動するついでに覗いてみたら果たしてYouTubeで、シューベルトの顔が表示されている。どうもシューベルトの楽曲を流しながら解説する動画らしい。
あんな子犬みたいなくしゃみを連発して、クラシックとは随分粋だ。自分もクラシックは時折聴くが、シューベルトにはあんまり詳しくない。魔王というのを音楽の授業で聴いたと思ったが、あれはシューベルトだったろうか。
その内に電車が止まり、自分はもう、子犬おじさんは放って降りた。
この駅は、ホームは明るいが乗換通路が薄暗い。照明がまだ蛍光灯なのだろう。
薄黄色い通路をスタスタ歩いていたら、後ろからまた子犬のようなくしゃみが聞こえた。
振り返ってみると果たしてあの子犬おじさんなのである。同じ線に乗り換えるらしい。
やっぱり無線のイヤホンを着けてスタスタ歩いている。歩きスマホをしてないのが感心だ。
おじさんは茶色いスエードの靴を履いていた。きっと子犬の皮だろうと思った。
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