見出し画像

モラルと百裕

 冨永と一緒に受験校の下見に行った帰り、広島駅前のCD屋へ寄った。その当時はネットなどないから、誰某が新譜を出したというような情報はもっぱらテレビ、ラジオ、雑誌、もしくは店頭で得ていたのである。
 店へ入り、その時分大いに傾倒していたバンドのコーナーへ行ったら、果たして知らないアルバムが一枚あった。
「お、何じゃこれ」
 手に取って見ると、これまでライブアルバムでしか聴いたことのない名曲が収録されている。
 それで甚だ心を惹かれたが、少しばかり引っ掛かるところもある。何だか様子が違うのである。
 まず、バンドのロゴが違っている。メンバーの数も二人ばかり多い。ビジュアルも随分違うようである。どうやら、デビューアルバムらしかった。
 もっとも、様子が違ったって同じバンドには違いない。レンタル屋では見たことのないアルバムだから、是非に買って聴いてみたい。
 そうして普段であれば金の都合で見送るところを、この時はたまたま、もらったお年玉が残っていた。
「わし、これ買うわ」
 冨永は、好きじゃのぉ、と云ってニヤニヤした。

 買ったCDを鞄に入れ、わくわくしながら駅まで歩いた。そうして電車に揺られて帰って来た。
 家で早速聴いてみると、どうも思っていたのと様子が違う。何だか音が洒落ていない。歌詞が生々しくて棘がある。
 幾分嫌な予感がしながら一曲ずつ聴いていって、とうとうそのまま終わってしまった。
 最後の一曲だけはちょっと好いと感じたが、他がどうも刺さらない。目当てにしていたライブアルバムの曲も、あっさりしすぎていて、ライブの方が数倍好いようだった。
 自分はこのアルバムを、それぎりほとんど聴かなかった。そうしていつどうして処分したのか覚えがないが、今はもう手元にない。



【電子書籍発売のお知らせ】

 百裕作品の粋を集めた決定版がついに世に出ました。「#なんのはなしですか」界隈で好評を博した作品群に大幅な加筆修正を加え、1冊に集約。

 代表作『牛おばさん』とその後日譚(書き下ろし)、違和感と余韻を残す随筆集『いつか見た情景一・二』、不思議な話・気持ちの悪い話を集めた『ここではないどこか』の4部構成。


いいなと思ったら応援しよう!

百裕(ひゃく・ひろし) よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。