スプレーと友情
小二の間はほとんど毎日伊神の家へ遊びに行った。伊神があんまり出たがらないからそうなったと思っていたが、小三になると伊神もあちこち出歩いていたようなので、ことによると自分の思い込みだったかも知れない。
伊神の家の隣は空家だった。
塀に登って覗いてみると存外広い庭がある。庭には草が茫々生い茂り、草の向こうにコンクリートの階段がある。それを登ると物干し台なのである。
物干し台の横っ面に、頑丈そうな鉄のドアが付いている。ドアは青く塗られていたが、所々が錆びている。
「あれ、開けたらゾンビが出て来るんかねぇ?」
「口裂け女かも知れん」
「菅原文太は?」
「文太かも知れんねぇ」
塀の上で覗きながら、自分たちは段々わくわくした。
「探検しようか?」
「そうしよう」
塀から庭へ飛び降り、草を掻き分けて物干し台へ近付いた。
ドアノブを掴んでみたら、意外なことにスルリと回る。鍵が掛かっていないのである。
「開くよ?」
「入ってみよう」
ドアを開けても、果たして何も出て来ない。ゾンビも口裂け女もいないのである。菅原文太もやっぱりいない。そんなことは最初からわかっていたけれど、何だか物足りない心持ちがした。ゾンビや口裂け女は困るが、文太なら別段構わない。そうは云ってもそれはこちらの都合なので、文太本人は預かり知らない話である。
物干し台の下は車庫だった。それは外から見てわかっている。車庫の中はシャッターが閉まっていて真っ暗だったが、ドアから光が差し込むので中の様子は窺える。
入ると奥にボロボロの棚があり、そこにスプレー缶が置かれていた。
「何じゃろ、これ?」
「外に持って行って見よう」
持ち出して見ると、缶には花の絵が描いてあるが、説明書きは全部英語で何だかわからない。
試しにボタンを押してみたら、霧状の薬剤が噴霧されると思ったところへジュワジュワジュワと白い泡が垂れた。
「うわぁ!」
自分は随分驚いて缶を放り出した。泡が手につきそうになったのである。
それを見た伊神は、身体を「く」の字に折って笑い転げた。彼はそうやってリスクを取らずに楽しむところがある。自分はいつまでも笑う伊神を眺めながら、この野郎と思った。
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