カニカマ姉さん
岐阜で工場派遣の仕事をしていた当時、現場へ新卒社員を数人受け入れた。
話を聞く限り、彼らは研修として派遣されるのではない。そもそも正社員の派遣スタッフとして採用されたらしい。
いいのだろうかと思ったけれど、当人らがそのつもりなら、傍からとやかく云うことはない。考えてみれば自分だって、大学を出て最初に就いた仕事はパスタ屋の従業員だった。それなら彼らと別段変わるところはない。そういうことで得心した。
配属から二ヶ月ばかり経った頃、その内一人のお母さんが事務所へ挨拶に来てくれた。宮城県からいきなり岐阜へ配属されたから、随分心配だったのだろう。
手土産にいただいた笹蒲鉾を、こういう物はきっとすぐに悪くなるからと、その日の内に事務所のメンバーで分けて食べた。
いかな仙台名物とはいえ要は蒲鉾だろうと高を括っていたら、大いに美味くて驚いた。
あんまり美味かったものだから、その晩スーパーで笹蒲鉾を買って帰り、家で早速食べたけれど、どうも大したことはない。普通の蒲鉾なのである。
やはり本場で作ったものでなければ駄目らしい。生産地を確認したら、果たして名古屋だった。
それぎり笹蒲鉾は食べていない。
先日、仕事の帰りに地下鉄を乗り換えると、奥の席で女子がカニ蒲鉾を食っていた。
真空パックをペリリと剥がし、赤白の細長いのを齧っている。どう見たってカニ蒲鉾である。何も電車の中でカニ蒲鉾を食わなくたって好さそうなものだが、当人にはそうもいかないのだろう。
年の頃は、恐らく三十までは届いていない。肩の出る服で、キャップをかぶっている。何だかエレガントで、あんまり電車内でカニカマを食う感じではないようだ。
女子はじきに一本食べ終えて、膝に載せた買物袋から同じカニカマをもう一本取り出した。そうしてペリリと開けて、再びもぐもぐ食い始めた。
まさか二本目にかかると思わなかったので幾分呆気に取られたが、よくよく見ると買い物袋の口からもう一本同じカニカマが覗いているのである。
この人は一体どれほどカニ蒲鉾が好きなのか、これはきっとカニカマ姉さんだ、と考えた。あの二本目を平らげた後は、きっと三本目にかかるのだろう。
しかし自分はその次の駅で降りたので、カニカマ姉さんがそれからどうしたかは知らない。
【電子書籍、販売中です】
代表作『牛おばさん』とその後日譚(書き下ろし)、違和感と余韻を残す随筆集『いつか見た情景一・二』、不思議な話・気持ちの悪い話を集めた『ここではないどこか』の4部構成。
いいなと思ったら応援しよう!
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。