唐揚を食う職人
妻子が出かけているので、晩に一人でラーメン屋へ行くことにした。
Googleマップで隣町にうま屋があるのを見つけたけれど、行ってみたらベトコンラーメンの店だった。店構えに随分年季が入っているから、最近店が変わったわけでもなさそうだ。どうも狐につままれたような心持ちだったが、別段うま屋でなければならない理由もないから、そのままベトコンラーメン屋へ入っておいた。
カウンター席が十席ほどと座敷が二席ある。壁に設えた棚にテレビが置いてあり、バラエティ番組が流れていた。
存外盛況で、カウンター席が一つだけ空いていたからそこへ座った。隣では作業服のおじさんと中年女性がラーメンと唐揚を食べている。女性は奥さんのようだった。
中国人らしき女性が厨房から水を持って来たので、豚骨ラーメンを注文した。
「はい、豚骨一丁ね」
すると隣のおじさんが「おねえさん、マヨネーズくれる?」と言った。どうやら唐揚につけて食べる算段である。
「ごめんなさい、マヨネーズないね」
「は? まじ? ないの?」
「ごめんね」
「マヨネーズないの?」
随分しつこい。何だか食ってかかりそうな按配だ。
「まじかよ、ないならないって最初から云っとけよ」
店員が厨房へ戻った後、男は小声でそう云った。大分不服そうである。
気持はわからなくもないけれど、何も万人が唐揚にマヨネーズをつけたいわけではない。だから予め教えておけと云ったって、それは無理な相談だ。即ち身勝手である。
「このまま食べたらいいじゃない」と奥さんが言うと、彼は「マヨネーズなしじゃ唐揚は食えん」と、まるでネタがないから寿司が握れないみたいなことを云う。何かの職人のようだと思ったら『唐揚食い職人』というワードが浮かんで来た。一体それは何をする職人だと心の中でツッコんで、顔がニヤけて来たので困った。
それでニヤニヤしていると、職人が今度は「おねえさん、ソースある?」と言った。
マヨネーズがないならソースで妥協しておこうという腹積もりだろう。
すると店員は、やっぱり気の毒そうに、「ソースもないね、ごめんね」と言った。どうやらお客向けの調味料を何も置いていないのである。
「まじかよ、もう、俺いいわ」
職人はやっぱり小声で言う。
怒鳴り散らさないのは他のお客への配慮かも知れないが、せっかく配慮するなら小声で云うのも止したがいい。現に自分はもう気分が悪い。
結局職人はラーメンだけ食べて、唐揚は持って帰った。
ラーメンにはニンニクの素揚げがゴロゴロ入っていた。これを食べたらきっと、随分におうに違いない。それで明日は誰にも会わないことに決めた。
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