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夕陽と海

 阿久比のディーラーで車を買った。今から二十年ばかり前のことで、住んでいた所からは随分遠かったけれど、当時は仕事の都合から中古車を買って乗り潰すということを繰り返しており、欲しい車種で状態と価格が一番上手く噛み合ったのが阿久比にあったのである。

 納車の日、受け取りに行ったついでに知多半島を一周して帰ることにした。
「ガソリンは規定で、八リットル入れときました」
「どうもありがとう」
 八リットルでどれぐらい走れるものか知らないが、礼を云って店を出て間もなく給油サインが表示された。入れときましたとわざわざ云って来たのは、こうなるから早く給油しろということだったのだろう。そう思ったら腑に落ちた。

 知多半島一周だったら、海辺を走らなければつまらない。阿久比は内陸なので、そこからまずは海辺へ出た。そうしてずっと海を左手に見ながら、ぐるりと走った。つまり半島の東側を南に下って、南端まで行き着いたら西側を北上するルートである。
 途中でコンビニに寄ってパンと珈琲を買ったりしながらゆったり走り、南端の師崎港へは夕方に着いた。
 師崎港へ行くことはあんまりないが、行くと必ず懐かしい心持ちがする。神奈川の三崎港へ行った時もそんな感じだった。三崎港は三浦半島の南端である。事によると自分は前世で半島の端っこに住んでいたかも知れないと考えたけれど、実際は幼い頃に呉の海辺へ住んでいたから懐かしいので、半島も前世も関係ない。
 師崎港から海と夕陽を眺めながら、昔見た海苔のCMと同じだと思った。こんな夕焼け空に高浜虚子の俳句『日をのせて浪たゆたへり海苔の海』が表示されるのだけれど、広島のローカルCMだったから他県の人には通じないだろう。
 船のシルエットが水平線を滑って行くのがきれいで、写真に撮った。

 その写真を翌日職場でパソコンの背景にしたら、篠田さんが「どこですか、これ?」と言って来た。
「師崎だよ。きれいだろう」
「師崎? え、百さんが撮ったんですか?」
「そうだよ。何だと思っていたんだ?」
「ネットからダウンロードしたのかと思ってました」
「ふふん。日をのせて浪たゆたへり海苔の海、だよ」
「え?」
「なんでもない」

 それからじきに篠田さんは上と揉めて会社を辞めた。その後どうしたかは知らない。
 海と夕陽の写真は、もうどこかへやってしまった。車も壊れたので処分した。

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