神と尻
十数年前、多賀さんが東京でイベント開催のため会議をやると云うので、名古屋から出かけて参加した。
コロナ騒動よりも以前のことで、まだウェブ会議の概念はない。東京の会議に出ようと思えば東京へ行くしかないのである。
朝から東京へ行き、先に他の用事を済ませた。それから約束の刻限まで少しあったので、駅前の喫茶店で時間を潰すことにした。
喫茶店はビルの三階だった。
エレベーターの真ん前がレジカウンターで、扉が開くなり目の前で「いらっしゃいませ」と言われて、幾分面食らった。
「お一人様? 奥のお席へどうぞ」
年輩の女性店員が、店の奥を指した。
壁沿いに二人掛けのテーブルが数席ある。その真ん中に座ってみたら、どうも何だか落ち着かない。壁の低い位置に神棚があって、神様に尻を向けて座っているような案配なのである。
「やっぱり、隣の席でもいいですか?」
先刻の店員がお冷を持って来たところへそう問うたら、「え……?」と何だか片付かない顔をした。
「いや、何ね、神様にお尻を向けて座ってるようで、随分落ち着かないものだからね」
すると今度は不思議そうな顔で「ああ、どうぞ」と言った。
自分は珈琲を飲んで、ついでにあんみつもいただいた。珈琲と餡の甘さは存外合うのである。
そうして小一時間過ごして店を出た。
おつかれさまですと会議室へ入ると、多賀さんが「百さん、このためにわざわざ名古屋から?」と埴輪のような顔をした。
人を呼び付けておいて「このためにわざわざ?」は不真面目だが、一々目くじら立てるのも面倒くさい。「はぁ、そうです」と言って流しておいた。
参加する前から分かっていたが、席に座って話を聞いているだけの形式的な会議である。退屈なので、当日の配布物のサンプルを眺めていたら、英語の綴りに一箇所間違いがあった。
「あの、すみません」
「ん、百さんどうしました?」
「これ、綴り、間違ってないですか?」
「あ! 本当だ!」
「これ、もう入稿しちゃったぞ……」
「うーわ、まじか……」
それまで黙っていた出席者も段々盛り上がり、逆に多賀さんは今度は食パンのように真っ白な顔で黙り込んだ。自分は、このパンくず野郎が、と思いながらニヤニヤした。
帰りはもう日が暮れていたので、高架下の王将で天津飯と餃子を食べた。
以来毎年、このイベントの打ち合わせの後はいつも同じ喫茶店と王将に入ったけれど、コロナ騒動の後で久しぶりに行くと、喫茶店はなくなっていた。
神様に尻を向けるような店だからバチが当たったかも知れない。そうして、帰りに王将へ寄るのもそれぎり止した。
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