バスと、ときめき
通勤バスのいつもの席で、先日の校章男女が今朝も傍へやって来た。
「おはよう」
「おはよ」
また何か文章のネタをもらえるかとわくわくしたら、運転手が「もう一歩ずつ中へお入りください」とマイクで言った。乗客が多かったのである。
二人は一歩どころか随分奥まで入って行った。だから今朝は彼らが何を話したか、自分は一向わからない。
高校時代は自分もバスに乗って通学した。
最初は幾分余裕を見た時間のバスに乗っていたが、思った以上に渋滞する。学校まで二十分の道程なのに、一時間以上もかかるのである。
おまけにその間、車内はぎゅうぎゅうの寿司詰め状態で、とても正気の沙汰ではない。
じきに出発時間を大いに早め、始発バスで行くことにした。始発なら道も車内も空いている。
自分はいつも乗降口後ろの席に座った。他のお客も、おおよそ毎朝同じ席だったようである。
ある朝、いつもの席で発車を待っていると、知らないお姉さんが隣へ座った。地味な感じの、大人しそうなお姉さんだった。
バスが出ると間もなく、大人し姉さんはうとうとし始め、段々こちらへ凭れかかった。頭がそっと肩に乗り、自分は何だかどきどきした。
音無姉さんはしばらくそうして寝ていたが、駅前の停留所でぱちりと目を開け、何もなかったように車を降りた。後には自分のときめきだけが残された。
翌朝もやっぱり音無姉さんは隣に座ってうとうとし、肩に凭れかかる。そうして自分もやっぱりどきどきする。
そういうことが数日続いた後、急に同級の沢田が隣へ来た。
「……沢田、お前何でそこに座るんや?」
「は?」
沢田は何だかとぼけた顔をする。自分はそれを見て、この野郎と思った。
そこへ音無姉さんが乗って来た。そうしていつもの席をチラリと見たが、そこにはひょろ長い沢田がとぼけた顔で座っている。
音無姉さんは別の席へ行き、それから二度と隣に来なかった。
沢田はもう随分前に亡くなったけれど、自分は今でも彼に対して「あの野郎」と思っている。
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