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風呂と達筆

 出張先のホテルにチェックインしたら、スーパー銭湯の無料券をくれた。ホテルに併設されているのである。
 無料だったら行かない理由はない。
 自分は部屋で一休みした後、スリッパをパタパタ云わせて廊下を歩いて銭湯へ行ってみた。

「いらっしゃいませ。こちらをどうぞ」
 受付で北川景子似の女性スタッフが腕輪のようなのを差し出した。バネの輪に丸いプラスチックが付いている。ICチップが入っているから、これで自販機が使えるのだそうだ。
「お帰りの時にこれで精算しますので、お戻しください」

 空いているロッカーに腕輪と着替えと着ていた服を入れ、閉めようとしたら閉まらない。どうも鍵が壊れているらしい。
 しようがないから他のロッカーへ中身を移し、改めてガチャリとやった。

 好い風呂だったが、あいにくお客が多くて泳げない。もっとも泳がないとどうにかなるわけでもない。だからその方は我慢して、普通に湯に浸かっておいた。
 全体、これまで使った中で一番好い湯は甲府で入った温泉である。あの時は、なるほど天下の霊峰富士が温めただけのことはあると大いに感心したが、あれほどではないにせよ、ここもまずまずの湯には違いなかった。
 大いにほぐれた心持ちになり、さぁ帰ろうと思ったら、先刻もらった腕輪がない。どうやら元のロッカーから出し忘れたらしい。
 それで例の壊れたロッカーを見ると、あろうことかしっかり施錠されている。
 どうも厄介なことになった。考えてみれば、前に長島で風呂に入った時にも自分は精算用のキーをロッカーに忘れてスタッフに面倒な顔をされた。こんなことをしているから自分は駄目なのだと、数瞬前の快活味も霧消した。

 受付で事情を説明すると、北川姉さんは果たして幾分面倒な顔をして、当該ロッカーの番号を書き付けた。
「後でこのロッカーを確認します。もし見つからなかった場合はお客様に弁償代をご請求が行くことになりますがよろしいですか?」
「それは、しようがないですね」
「ではこちらに、お名前とご連絡先をご記入ください。見つからなかったらご連絡します」
 自分はペンと紙を受け取って、名前と連絡先をさらさら書いた。何だか名前が上手に書けた。
 すると北川姉さんが「あら、達筆」と感心したので、そんなことはどうでもよかったが、「いやそれほどでも」と云っておいた。



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