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左目

 地下鉄の駅から地上へ出ると、もう雨は止んでいた。髪の長い女子高生が一人で前を歩きながら、うーんと背伸びをした。
 その伸びは随分自由な様子で、自分には何だか羨ましいように思われた。背伸びぐらいはいつでもできるが、あんなに自由を体現したような伸びは、大人になるとあんまりできるものではない。きっと学校生活も順調なのだろう。

 自分の通った高校は、遠からず近隣の他校と統合されるらしい。相手の方が新しいから、校舎は先方のを使うだろう。つまり母校は消滅である。
 母校が失くなるのは淋しいようでもあるけれど、自分はあの学校に恥ずかしい記憶しか残っていない。そのよすがが消滅すると考えたら、存外悪い気はしない。
 統合の話を知ったのが今年の初めで、同窓会のLINEグループで回って来たのである。
 先に述べた通り高校時代は黒歴史だから、同窓会など出たことはない。LINEグループには幹事の顔を立てて参加しているものの、通知は切ってある。だから合併前に集まろうかというメッセージに気付いたのも年が明けてからで、最後ぐらい行ってもいいかと思ったが、とうに終わっていた。きっとこの先も行くことはない。

 帰りに雨がまた降り出した。
 電車の窓から雨滴を眺め、妻に車で迎えを頼もうかと思ったけれど、改札を出るとほとんど霧のような小雨になっていた。仕事の行き帰りを己一人の力でできないようでは、半人前のようで好い気がしない。だから歩いて帰ることにした。
 この路線は自分の最寄り駅から地上へ出て高架線路になる。高架下は駐輪場である。
 自分はまず、濡れないように駐輪場を歩いた。駐輪場の先は空地になっており、高架の柱が五メートルおきぐらいで立っている。
 ふっと何かの気配を感じて見回すと、柱の影から顔を半分覗かせた女子高生と目が合った。
「おわ!」
 つい驚いて変な声をしたけれど、女子高生は笑わない。黒っぽい色のセーラー服を着て、見開いた左目だけでこちらを眺める。
 得体の知れない小娘だ。何を企んでいるかわからない。こんな者には関わらないのがきっといい。
 自分はもう小娘のことは無視して、真っ直ぐ前を向いて速足に歩いた。
 すると次の柱にも、女子高生が顔を半分出していた。こちらはブレザーの制服である。
 どうも尋常ではないと思ったら、その先の全部の柱から女子高生が左目だけで覗いていた。どうやら全員、違う制服らしかった。



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