扇風機とヤカラ
ある夏のこと、近くの家電量販店で先着10名に980円で扇風機を売ると聞いて、妻と買いに行った。
時間が遅かったものだから、既に微妙な人数が並んでいる。一人一人で数えていけば10人の枠は無理だけれど、グループごとに数えればいけるかも知れない。それで一応並んでおいた。
開店10分前に若い店員が一人現れた。店員は整理券を確認しながら、並んでいたお客を順番に通していく。これならいけそうだと思ったら、5番目辺りの女が駐車場の車に手を振って、それを合図に親類縁者が3人ばかり下りて来た。そうして全員が店員に整理券を見せて、女と一緒に入って行った。
10人の枠は次のお客でいっぱいになった。
「恐れ入りますが、本日の特典はこれで終了となりました」
店員がそう言うと、四十ぐらいの男が一人、「ちょ、待てよ」と食ってかかった。
「何だ、さっきのは。並んでないやつを何で入らせた?」
すると横から、もう少し年配のおじさんが加勢した。
「そうだねぇ。あれはいけないよ」
袋叩きでも始まりそうな剣呑な按配である。
どうもよっぽど980円の扇風機が欲しかったらしい。これに比べると自分など、まだまだ扇風機欲しがり界のひよっこである。なるほど、枠に入れなかったのも当然だったと反省した。
「すみません、数に限りがありますので……」
「限りがあるのに何で横入りさせたんだって訊いてんの」
「まったくだよ」
店員は大いに困り、いよいよあたふたする。
「お前じゃ話にならん。店長を呼べ」
じきに店長が出て来て、若い店員と交代した。
店長に対して、四十男と年配は扇風機を俺にも980円で売れと主張する。そこまで欲しがられるなら扇風機の方も随分本望だろうが、店長は10台きりしか用意がないからそれはできないとやっぱり謝る。すると今度は、じゃぁ他の物を980円で売れと到底無理なことを云い出した。
自分は、どうやらただのヤカラのようだと見切りをつけて、妻を連れて店へ入った。だからその後でどうなったかは知らない。
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