跳ねる人
午後十時前、娘の塾が終わる頃合いを見計らい、車で迎えに行った。
自分が中学生の頃もやっぱり塾帰りはこんな時間だった。BOØWYが大いに流行った時期で、竹村君と神崎君と自転車をたらたら漕ぎながら、氷室京介が人を殺して刑務所に入っていた、という根も葉もない噂について語り合ったのを覚えている。
あれは楽しかったが、今時は随分物騒なので同じようにはいかない。まして女の子なら尚更である。
塾は駅前で、車だと五分で着く。この時間になると駅前通りが迎えの車で大いに混雑する。
昔、横浜の山下町に住んでいた頃、土曜の夜はいつも山下公園の前に車がズラリと並んだ。それを指して、あれはナンパ待ちの女子ですよと、バイトの小沢が教えてくれた。そんなことを教わったって、こちらは声をかけるようなガラではない。ただ黙々と、自転車を漕いで帰宅した。
あれと同じぐらいとは幾分云い過ぎだが、それなりに混んでいるのは間違いない。間違いはないが、それなりだったら横浜も小沢も引っ張り出す必要はない。要もないのに引っ張り出したは自分の不徳の致すところである。
一度、路肩に停めて娘を待っていたら、警官に窓をコツコツやられて驚いた。
「何ですか?」
「近隣から通報がありまして、すぐに車を移動させてください」
女性の警官である。引退したフィギュアスケートの選手に似ているようである。
そこは駐停車禁止区域でないはずだが、警官が毅然とした様子でそう云うので、動いておかねば厄介だ。そう思ったところへ丁度娘が出て来たので、渡りに船と拾って帰った。
家の前で車を降りたら、田圃で大きな影がガサと動いた。
「何だ……?」
よくよく見ると、月明かりに照らされながら、知らないおじさんが四つん這いで跳ねている。
二、三度そうして跳ねた後、おじさんは水路を越えて跳び出した。
緑のウィンドブレーカーを着ている。緑のズボンを穿いている。どちらもビタビタに濡れている。どうにも気持ちの悪いおじさんである。それから黙ったままで、もう一度ピョンと跳ねた。
自分は、これはきっと蛙おじさんだろうと思った。ところが、どうも長いペラペラしたものを頭に着けている。それが跳ぶ度にビヨンビヨンと揺れている。
蛙だったらそんな物は必要ない。どうやらこれは蛙ではなく、うさぎらしいと気が付いた。
おじさんはうずくまった姿勢をして、じっとこちらを凝視た。
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