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苦沙弥(くしゃみ)

 十年ぐらい前に花粉症を発症した。それまで何ともなかったのが、急に目が痒くなって鼻水も出るので、もしやと思って耳鼻科へ行った。
 仕事の帰りで空いているかと思ったら、待合室は存外混んでいる。きっとみんな花粉症だろうと当たりを付けたが、実際どうかは知らない。
 じきに名前を呼ばれて診察室へ入ると、耳鼻科医は悪役商会の八名信夫みたいな老医師だった。
 信夫は甚だ事務的にぱぱっと診て、「うん、花粉症だ」とわかりきっていたというような顔をした。
 これでとうとう自分も花粉症と認定されたので、薬をもらって服用した。
 薬を飲むと症状は治まる。医学の進歩は大したものだと感心したが、残念ながらいいことばかりではない。服用すると、どうもやたらに眠くなる。
 そうすると、車の運転が剣呑だ。その当時は車通勤をしていたけれど、たださえ眠い朝にそんな薬が効いているので、信号待ちの度にうとうとしては後ろにプープー鳴らされる。結局、事故を起こしてからでは遅いので、じきに薬を飲むのは止した。
 幸い、自分の症状はそれほどひどくない。多少目が痒かったり、鼻水がつぅーと垂れることもあるが、四六時中グスグスしているわけではない。存外、薬なしでもやっていける。
 むしろ飲まないことで、実は花粉症の見立てが間違っていたというようなことにならないか知らと、少しく期待をしたけれど、果たしてそうはなっていない。

 先日、何かの祭りで自衛隊の飛行機が飛び回り、ブルーインパルスをやりだした。
 よく晴れた空で、いかにも見事である。
 飛び回るのを見上げ、目で追っている内に、何だか変な飛び方をするのが一つあるのに気が付いた。
 スモークも噴射せず、ふらふらして、どうも頼りない。そもそも飛行機の飛び方ではないようだ。
 あれは何だとよく見たら、飛行機ではなく自分の飛蚊症だった。
 飛蚊症は子供の頃から多少あったが、先年やった網膜剥離で濃くなった。黒いのがふらふら見えるから、虫と見間違うことはしばしばあるけれど、飛行機と間違えたのは初めてである。
 そうして太陽を見上げたものだから、くしゃみが三回出た。



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