夏の夜
学生寮の夕食は午後五時から九時頃までと決まっており、九時を過ぎると寮母さん達が片付けた。九時までに帰れない場合は事前にそう云っておけば、食堂の隅に各部屋ごとの鍵付棚が設えてあるので、そこへ寮母さんがごはんとおかずを入れておいてくれるシステムだった。
夏休みの夜中、食堂で片山さんと山下さんと駄弁っていると、井村さんが帰って来た。
「おぅ、お帰り」と、山下さんが言う。
「ただいま」
「随分遅いね」
「うん、忙しくてね。それより山下さん、ちょうど良かった。腹減ったから鍵貸してくれ」
どうも頓狂なことを云い出した。空腹で他人の鍵を借りたって、腹は一向膨れない。井村さんは自分たちと違い、既に学校を出て就職しているので、ことによると仕事でよほど疲れて思考がぼやけているのか知らと、自分は少しく心配した。
「何だ、鍵持ってないのか?」
「今日は部屋に忘れて行ったのさ」
「部屋出る時に分かるだろう?」
「わかったけれどもね、面倒だからそのまま出勤したのだよ」
「随分ものぐさだな」
「そうなんだよ」
「全体、君は不用心だよ」
「まぁいいだろう。その辺りは追って考える。それより鍵を貸してくれ。随分腹が減っているのだからね」
山下さんは「そら」と言って鍵を差し出し、井村さんはその鍵で自身の取り置き棚を開けた。
「え?」
「何で開いた?」
自分と片山さんは呆気に取られてポカンとした。
「俺の棚は山下さんの鍵で開くんだよ」
井村さんは何だか得意げな顔をした。
「あり得ない……」
片山さんが呆れた顔でそう言った。
「じゃぁ、山下さんのロッカーも井村さんの鍵で開くんですか?」
「いや、それが開かないんだよ」
井村さんはいよいよ得意げだが、何をそこまで得意がるのか判然しない。山下さんはどうでも良さそうに煙草に火を点けた。
片山さんが、「あり得ない……」ともう一度言った。
自分は、それはもう聞いた、と思った。
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