ショートストーリー『踏まれない場所へ』
おしゃべりより絵を描くことが好きな女の子が、猫の僕に話しかける。
学校の帰り道、川沿いの土手。
クローバーの白い花を細い指先でつつきながら、今日あったことを僕にこぼしていく。猫の僕にはよくわからない話。でも、たぶんだけど、少しだけつらかったことだ。
「そうなんだ。でも、気にすることないよ」
それくらいしか言えない。
女の子はクローバーの中から四つ葉を見つけた。けれど、少しも嬉しそうじゃない。摘んだそれを親指と人差し指でくるくると回しながら、小さくつぶやく。
「先生がね、四つ葉のクローバーは、人に踏まれるところに育つんだって…」言葉が、そこで途切れる。
「踏まれるより、踏まれないほうがいいに決まってるよ」
そう言うと、女の子は少しだけ笑って、僕に手を伸ばす。
女の子は僕のことが好きなくせに、扱いには慣れていない。両脇に手を差し込んで持ち上げる。体がびよんと伸びて、足がぶらぶらする。あまり気持ちのいいものじゃないけど、我慢してやる。
この子も、きっと、たぶんだけど、いろいろ我慢している。
踏まれる場所に育つ四つ葉のそばには、誰かの足跡がいつも残る。
僕を撫でてくれるたくさんの人たちも、すぐに僕をおいて行ってしまう。僕はその足跡について行くことは出来ない。
女の子は、小さな段ボール箱に僕を入れると、胸のあたりで抱えて歩き出す。箱の中から見上げると、揺れるたびに空もゆれる。
「お父さんも、お母さんも、良いって言ってくれたから大丈夫だよ」
良くわからないけど、大丈夫らしい。
三歩くらい歩くたびに、女の子は箱の中を覗き込む。そのたびに、顔が少し近くなる。横に、さっきのハートが四つ繋がったクローバーが落ちている。
(了)

くえす様の企画に参加させて頂きました。
とても素敵な絵と企画、ありがとうございます。
