『青い加速』#せりふ三題噺
今年入ったばかりの新人が、小声で話しかけてくる。取引先とのやり取りの中で気づいたらしい。少し困った顔をしている。
「新幹線の動力、レモンスカッシュを使ってるって……ご存知でしたか?」
——ああ、と思う。
分別のある大人なら、誰もが知っていて、口にしないことだ。時速二、三百キロの速さを電気モーターだけで出せるはずがないのだ。あの花びらを散らせるような爽やかな加速感は、レモンスカッシュの開栓そのものだ。
誰もが知っていて、黙っている。
「どこか相談しに行ったのか?」と聞くと、彼は首を振った。
「……行ってませんね」
少し迷ってから、続ける。
「これって、その……CO2とか、環境とか、大丈夫なんですかね」
一昔前なら、今夜あたり飲みに誘っていたかもしれない。でも今は、そんな時代じゃない。
「とりあえず、今は目の前の仕事に集中しようか」そう言うと、彼は素直に頷いた。
小走りで持ち場に戻っていく彼の背中を見送りながら、口の中に、ほんの少しだけ酸味と苦味を感じていた。
(了)
【注意】この話はフィクションです。新幹線の動力は、レモンスカッシュではありません。
※下記、はらとけい様の企画に参加させて頂きました。
■セリフ
「行ってませんね」
■三題
・新幹線・花びら・レモンスカッシュ
