K_night Parade【第四話】
鬼退治
1
鬼退治の百瀬家は、初代の先祖が鬼だった。
それは現当主である百瀬朱雀が、各方面を黙らせるために吐いた嘘だというのが通説だ。彼も何故かそう思われるように振舞っている。
では事実はどうか。
百瀬の初代の先祖は鬼だった。
初代以降もたびたび鬼の血縁を迎えている。鬼だけでなく、妖や神の血も混ざっている。もはや人の形をしたバケモノである。しかしそれは、鬼退治にとっては忌避するに値しない恩恵でもある。
玄関から破壊音が聞こえたと同時に、魑斬は存在しない右腕から抜身の太刀を引き抜いた。
続いて魅狩が中空に指で半弧を描いた。軌道は青白く光り、光は弓になった。
この特殊な能力は、普通の人間が修行をしたとて手に入れられるものではない。百瀬が代々加えてきた、人ならざる者の血の力である。
二人は武器を手にすると、不穏な音のする方へ駆け出した。
大穴の空いた床、跡形もない玄関戸。崩壊した壁。
瓦礫の下から白い脚が覗いているのを無視して、魑斬と魅狩は玄関だった場所から屋外へ走り去る。二人を更に追うイクサは躊躇って、そして立ち止まった。
「魍喪!」
他に人の姿はない。壁を砕くような武器の痕跡もない。敵は恐らく魑斬たちが追った先にいる。
イクサは、ぴくりとも動かない脚の持ち主を救い出そうと、大きな壁の塊を持ち上げた。
ーーごろん。
太腿から先だけの右脚が、血の軌跡を描きながら転がり落ちた。
イクサの全身から血の気が引いていく。
てらてらと赤黒く光る血溜まりの面積が広がる。
イクサは脳裏に浮かぶ嫌な思い出を振り払うように、残りの体を探した。
「魍喪!」
「姉さんって呼びなさい。」
無我夢中で瓦礫を掘り進めるイクサの後頭部を、不意に誰かが叩いた。
振り返ると魍喪が、何もなかったかのような顔で、五体満足の姿で立っていた。
では、この脚は誰のものかと、血溜まりの方向に目をやった。
脚どころか血溜まりも、音も気配もないままに、綺麗さっぱりなくなっていた。
「びっくりした? 私、不死身なの!」
要約すると、あの落ちていた右脚は間違いなく魍喪のもので、どういう仕組みかはわからないが再生して消えたということらしい。
言葉を失うイクサの頭を、魍喪は今度は乱暴に撫で回した。
「私たちは死なないって言ったでしょ。」
「そういう意味だと思わないだろ!」
「兄様たちは不死身じゃないよ。でも、すっごく強いの!」
状況は未だ戦況だというのに、魍喪は満面の笑みだ。まるで遊びに誘うかのように手を引いた。
ただしその手は、ごつごつして筋肉ばった大人の手だった。
「イクサは行っちゃダメ。」
「お父さん?」
朱雀は不敵に笑って立ちはだかる。魍喪に掴ませたのと反対の腕で、イクサを小脇に抱えていた。
朱雀が大人らしく、師匠らしいことを言っている。現世での仕事ぶりからは想像できないくらい、ちゃんとしている。
「敵は?」
聞かれた魍喪はきょとんとした顔で外を指さした。
「魍喪、こういう時は敵の狙いを答えるんだよ。」
朱雀の顔は笑っているが、空気はびりびりと震える。
あの魍喪でさえ、ピシッと背筋を伸ばした。
「はい! わかりません。『ぜんのーを出せ』って言ってました。」
「イクサのことじゃないか。」
『ぜんのー』とは『全能』のことであろう。あの時、一鬼王子も口にしていた。事情を知る者の間では、イクサはそう呼ばれているらしい。イクサの存在理由にも関わる何か。それはイクサをさす記号なのか、それとも手に入れたものが得る恩恵であるのか。
「ぜんのーって何?」
「僕にもわかんない。」
「なんでもいいだろ、後にしろ。」
イクサ自身も知らない。
しかし、朱雀は何かを知っている。二人と朱雀の。事に当たる温度差がそれを物語っている。
「敵が何者かもまだわからない。いい機会だ、ちゃんと守り切って、イクサを安心させてやれ。」
「了解!」
魍喪はピョンと跳ねながら踵を返し、次の一歩で家の外に飛び出した。
「いい機会って何だよ。僕も行く。」
「行ってもいいが、手を出すなよ。百瀬の鬼退治の見せ場なんだから。」
腕の中でもがくイクサを降ろして朱雀が言う。
鬼退治御三家百瀬家当主、百瀬朱雀の顔をしていた。
2
家という囲いを一歩出たその先は戦場だった。
金属同士がぶつかり合う音、硬い木材が破れる音。爆音に火薬の匂い。錆びた鉄の匂いと血飛沫。無造作に転がる人ならざるものの死体。
イクサはまだ、本物の戦場の空気を知らなかった。しかし、イクサの中に眠る闘神はこれを知っていて、これを求めて、これの中でしか生きられない。闘神とは、死を撒き散らす荒ぶる神である。
目の前の戦場に、幻の闘神の姿と重なる影が動いている。
鬼退治、百瀬魑斬。
隻腕の巨体で、踊るように太刀を振るう。相変わらずの凶悪面相だが、心なしか生き生きしている。金色の瞳にも光が宿っているように見えた。
魑斬が刃を降ろすと、招かれざる客は真っ二つに割れてその場に崩れ落ちた。そうして一つ、また一つと死体を生み出していく。
しかしまた、明らかな違和感もあった。魚とも蜥蜴とも言い難い同じ顔、揃いの鎧。無限に湧いて出るかのように、倒しても倒しても数が減らない。
「魑斬!」
唐突に朱雀が呼んだ。
思わず見惚れていたイクサも、ハッと我に帰る。
「雑魚をいくら相手しても意味がない。指揮者をやれ!」
イクサの頭上から厳しい声音で指示が飛ぶ。
「今探してるよ。」
魑斬は反抗的な態度を見せた。ほんの一瞬、太刀の扱いが大雑把になったその隙を、雑魚どもは見逃さずに突いて畳み掛ける。繭のように折り重なって、魑斬の大きな体を圧迫した。
「魑斬君!」
加勢に向かおうとしたイクサの肩を、朱雀は押さえつけた。
「手を出すなって言っただろ。」
振り解けないほどの力ではない。それでもイクサは従った。緊迫した中でも、朱雀の表情にどこか余裕を感じたからだ。
数秒もしないうちに、混戦の渦中にある魑斬以外の全てが、細切れになって飛び散った。繭の中で何があったのかはわからない。
魑斬は剣を高く振り翳し、得意げな笑顔を見せた。所々服が破れて古傷だらけの肉体が顕になる。こんなものはピンチのうちにも入らないらしい。
「魑斬は混ざりモノの先祖の中でも、闘神の血が特に濃い。」
尋ねてもいないのに朱雀が解説した。
「闘神……?」
「お前と同じだよ。」
「ふぅん。」
イクサは興味なさそうに、視線を戦場に戻した。内心では、荒々しくも繊細で逞しく美しい闘神の姿を、もっと見ていたくなっていた。
血飛沫の雨が降る中、突然眩しい銀色の光の矢が疾り抜けた。
屋敷の外門に着弾した矢は、ターンと澄んだ音を奏でた。
「見つけた。」
光の矢が放たれる直前、イクサは鬼の聴力で微かな独り言を耳にしていた。射手は屋根の上にいる。
百瀬家の面々は、死角で見えずとも正体を確信していた。
鬼退治、百瀬魅狩。
矢が通り抜けた光の道は、戦場の空気を瞬く間に浄化した。
同じ顔の雑兵の群れも、禍々しい異形の死体の山も、砂となり風に乗って消え去った。
「すざくん、これは何の血の力?」
「初代の……祓の力だよ。」
朱雀は少し言い淀んだが、誇らしそうでもあった。初代という人を知らないイクサには、見事な浄化の力に思えた。
「祓も弓も鬼退治には珍しくない。けど、魅狩ほど極めた鬼退治はどこにもいない。」
言いながら、矢の着弾点を指さす。
外門の柱と扉の隙間に突き立っっていたのは、何の変哲もない木製の矢だった。
鬼の視力でよく目を凝らすと、散り散りに飛んだはずの砂が、ただの木の矢に吸い込まれている様子が見えた。
そうではない。矢に貫かれた装飾品のようなものが、その中心だ。一粒残らず砂を吸い込んだそれは、柱と扉の隙間で音を立てて壊れた。
「よくやった、魅狩!」
魑斬は太刀を下ろし、屋根の上を見上げた。
「兄さん、怪我はない?」
「誰に聞いてるんだ。」
魑斬は余裕の表情だったが、完全な無傷というわけではない。二人は互いの顔も見えないまま、やたらな大きな声で話す。さっきまでの緊張感は微塵もない。そんなやりとりの終わりに、魅狩は助けてと小さく言ったような気がした。
魑斬はキッとまた目つきを鋭くして、一飛びで屋根の上に跳躍した。屋根の中腹あたりに腰をおろして、ヘラヘラと笑う魅狩を見つけた。
「降りられなくなっちゃった。」
「どうやって登ったんだよ。」
魑斬は、太刀を杖にがっくりと脱力した。
3
屋根の上の二人は完全に気を抜いている。
戦い終わった気になっているのではないか。
イクサは、外門の更に外から発され続ける微かな敵意を警戒していた。少しずつ近づいている。
敵意の矛先は、魑斬か魅狩か……。
狙われたのは朱雀だ。
外門の向こうを警戒するあまり、白い影が襲いくるまで足元に潜んでいた敵に気づかなかった。
「すざくん伏せて!」
咄嗟に叫び、白い蛇型の敵に手刀を放った。
幼い闘神の一撃は敵に触れる前に、硬い透明な壁に阻まれた。
「痛っ!」
「手を出すなって言ってるのに。」
イクサが手を出すまでもなく、朱雀自ら強めの結界を張っていた。
内側でイクサが右手を負傷する一方、外側では白蛇の襲撃を阻んだ。頭を打ち付け、顔のつぶれた白蛇は靄のように消えた。
靄の中からぼんやりと、見覚えのある白髪痩身の若い男が現れた。装飾の派手な白の軍装、その下半身は純白の蛇。
「私の可愛い遣いに酷いことをしてくれたな。」
「イヲリさん、二度とイクサの前に現れるなと言ったはずですが?」
「お前が勝手に言っただけだ。身の程を弁えろ。鬼退治ごときが鬼王軍参謀に指図できるなどと思い上がるな。」
イヲリは朱雀を睨みつけた。喪の礼装を纏っていた時よりも冷静沈着で、蛇神らしい高貴さがある。一鬼王子の不在が関係しているのだろう。
「それにしても酷い有様だな。式神でなければ何人殺されていたか。穢れた血の一族は容赦がない。そんな者に世界の命運を握らせるわけにはいかんのだよ。」
高圧的な態度も嫌味も、磨きがかかっている。
「何が言いたいんですかね?」
一方、朱雀は焼き付くほどの敵意を滾らせていた。いつもの朱雀なら、どれだけ上位の存在であろうと舐め切った態度で、この程度の嫌味など煙に巻いていたところだ。
「全能を渡せ。」
「殺そうとしておいて何を……」
しゃしゃり出る朱雀を押しのけ、イヲリはイクサの目の前にするりと這い寄った。
「我が主、一鬼王子を、世界の理を書き換える『王』にする。」
冷徹な瞳がまっすぐにイクサを捕らえる。脅威などはない。
「あの方はああ見えて崇高なお方だ。あの方が世界を救うためには、全能が必要なのだ。」
イヲリは熱弁を振るう勢いのまま、イクサの両肩をがっしりと掴んだ。イヲリの側の事情は分からないが、イヲリの……一鬼の側に正義があると信じきっている。
彼らの正義のために、百瀬の家は襲撃された。魍喪が不死身でなければ殺されていた。朱雀が敵意を向けるのは、このためだろうか。
「お前は、穢れた血に飼われていて良い存在ではない!」
イクサの新たな感情の中に、「嫌悪感」が刻まれた。悪意や敵意よりも数段強い拒絶反応により、イクサはイヲリの腕を振り払った。
イヲリは驚いた顔をして見せた。
「僕の家族は穢れてなんかいない。」
イクサがこれほどまでに強く感情を見せることはなかった。自分の意思で近しいものを家族と呼ぶこともなかった。認めたくないが養父が十年かけて成しえなかった成長を、百瀬という一族がたった一日で成し遂げた。
「帰って王子に伝えて僕は王子のところにはいかない。百瀬の鬼退治になる。」
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