掌編小説 首が太すぎる死刑囚のラプソディ
彼は生まれた時、人より少し首が太かった
両親は《うちのコ、ちょっと首が太いな》と思ったがそんなことよりも無事に生まれてきたことを心から喜んでいた
首が人より太い影響からだろうか
一般的には乳児は生まれてから3ヶ月くらいで首が座ると言われてるけれど、彼は生後20日で完全に首が座っていた
少し首の太かった彼だが、両親の深い愛情に包まれてすくすく育っていった
しかし、小学校に入学した頃くらいから、彼の首は他人のそれとはあきらかに様子が違ってきていた
特に肥満体型でもないに、彼には顔の輪郭というものがなかった
顔のアゴやエラの下にはすぐに同じ太さの首がついており、彼の首から上は 円柱 のようであった

彼の顔や頭部は全く丸みを帯びていないのになぜか 円柱 のように見えてしまうのはやはり、顔と首に段差がなかったからだった
幼児の頃は特に彼をからかう者はいなかったが、小学生に上がった頃から、同級生たちは彼にアダ名をつけて、その首の太さをバカにするようになっていった
彼が覚えている最初のアダ名は、クリスティアーノ・ロナウドであり、首が太くなるにつれてアダ名は変化していった
クリスティアーノ・ロナウド
↓
バリアフリー
↓
円柱
↓
底面積×高さ
↓
体積
小学5年生で、円柱という概念を知った同級生たちは、彼を円柱と呼ぶようになり、6年生でその体積を求める公式を習ったあとは、彼を 底面積×高さ と呼ぶようになり、そのアダ名が長くて呼びづらいことに気がついた誰かが 体積 と呼ぶようになると、彼のアダ名は 体積 で終点を迎えることになった
おい、体積 おい、体積
と毎日、同級生に罵られるつらい日々に彼が耐えられた理由は1人の女の子の存在だった
皆が彼を おい、体積 おい、体積 と罵るなか、1人の女の子だけは彼を タケシ君 と呼んでくれていた
その女の子が彼に優しくしてくれたのには、理由があった
その女の子自身にも深いコンプレックスがあったのだ
父親が競輪選手、母親も競輪選手、という家庭に生まれ育った彼女は小さい頃から競輪の英才教育が施されていた
自宅に設置された練習用の競輪バンクで毎日毎日、練習をさせられていた彼女の肉体は小学生に上がる頃から他者とは違う特徴を持つようになっていた
彼女は太ももが太すぎる女の子になったのだ
毎日毎日、積み重ねられる修練により、彼女の両方の太ももは一般的な同級生の 腰まわり くらいの太さになっていた
首が太すぎる彼と太ももが太すぎる彼女は、お互いのコンプレックスを慰めあっているうちに、いつの間にか恋仲になっていた
お互いのコンプレックスを埋めながら、彼が首の太すぎる大学生、彼女が競輪選手の養成所生としてそれぞれの道に進んだ時に変化が起きた
彼は特に状況は変わらなかったが、彼女の方が変わった
競輪選手の養成所に入ったときに、彼女は特別じゃなくなったのだった
競輪選手を目指す人間の間では太ももが太いのは当然であり、むしろ太ければ太いほど、それは鍛錬の証として尊敬の対象になる世界だった
彼女は競輪の世界に入って、生まれてはじめて自分と全く同じ境遇や過去を持つ男性と知りあった
その彼との出会いは、首の太い彼とのまがいものの慰め合いなどではなく、真の意味でのコンプレックスの共有、そして心の解放をもたらしていた
彼女は競輪など、どうでもよくなるくらい太ももの太い彼との恋と行為に溺れた
行為そのものは特にどうでもよかったが、行為の際にお互いの太い太ももが触れ合うことに異常なまでの興奮を覚えた
それは太ももの太い彼も同様で、お互いにももの皮か腫れ上がるくらい擦りつけあった
太ももを擦りつけあえばあうほど、お互いの存在を、その生を、そしてつらかった過去を、そのすべてを許容し、溶け合うような甘美な感覚を味わっていた
思い返すと、そういえば、いつも父と母の太ももの皮は腫れていた
その理由を彼女は、この運命の太もも男性に出逢うことで知ったのだった
その腫れ上がったももの皮は父と母の愛の結晶だった
本物の太さを知った彼女は首の太い彼からの連絡を無視するようになった
本当は子供の頃から、首の細い男性の方が好きだった
自分もコンプレックスを抱えていたから、首の太い彼で我慢していただけだった
首の細い、太ももの太い理想の男性を手に入れた彼女にはらもう首の太い彼は煩わしい存在でしかなかった
突然、彼女と連絡が取れなくなった首の太い彼だったが、幼い頃からの唯一の生きる希望である彼女を簡単に諦めるわけにはいかなかった
彼女が電話に出てくれないので彼は強行策に出るしかなかった
彼は彼女の養成所の寮に忍びこんだ
直接会って話をすれば、幼い頃からコンプレックスを励ましあってきた心の絆があるからきっと分かりあえると思ったのだ
彼女の帰宅は深夜だった
帰宅した彼女が玄関で誰かと会話している声を聞いて彼は咄嗟に隠れた
クローゼットに首の太い彼が隠れているとも知らずに太ももの太い彼と太ももの太い彼女はいつものように情熱的に求めあいはじめた
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ
太ももが擦れる…
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ
太いももが太いももに…とろけあう…
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ
白目を剥きながら…擦りつけあう…皮が腫れるほどに…
やがて狂騒はおさまり、2人は静かに余韻を感じながら会話を始めた
[そういえば、地元の彼とはちゃんと別れたの?]
[もう私は連絡しないでっていったのにしつこくて]
[確かその人、首が太すぎるって言ってたよね?]
[そうなの]
[もうお前は恋人を クビだ って言ってやれば?]
そんな会話をして2人で笑っていた
太ももの太い彼が
[その彼さ、本当は首が太いんじゃなくて、胴 が細いから首が太く見えるんじゃない?]
と言った瞬間に、首の太い彼はクローゼットを飛び出し、不意をつかれて腰を抜かしている太ももの2人を狂ったように殴りつけた
首のコトをバカにされるのは慣れているから耐えることができたが、濡れ衣である胴が細いと言われるのは彼には耐えられなかった
これ以上、背負わされてたまるか…しかも濡れ衣で…
彼は殴り続けた
胴は普通だ‼ 胴は普通だ‼ 胴は普通だ‼
と泣き叫びながら2人を殴り続ける彼の声を聞いた別の部屋の住人達が彼を取り押さえて通報する頃には、太ももの2人の息はすでになかった
2人を殺めた彼は死刑が確定した
なんの覚悟もないまま2人を殺めて、死刑囚となった彼はだんだんと自らの死への恐怖に苛まれるようになっていた
再審請求も棄却され、あとは刑の執行、つまり死を待つのみになっても彼の脳裏には反省の情は湧かず死への恐怖のみが湧いてきていた
なんとか死を免れる方法はないか
彼は調べていくうちに、日本の死刑が絞首刑であり、医師が死亡を確認して終了になることを知った
なんとか死刑を耐えることはできないか…
医師が次の仕事に向かわなくてはならない時間になるまでの間、絞首を耐えたら死を免れるのではないか…
そして、それは首の太い自分ならできるのではないか…
いや、むしろ、再審請求が棄却されたかぎり、これにかけるしか死を免れる方法はない…
彼は死刑を耐えることを決意した
次の日から拘置所で許される運動のすべてを首に負荷をかけて鍛えることに費やした
生来、首が太い彼は本来はもっともっと首が太くなったはずだったが、これ以上太くならないように極力、首に負荷をかけずに、自然と鍛えてしまわないように生きてきていた
そんな彼だったから首への運動を解禁した瞬間から、ものすごい勢いで首は太くなっていった
死刑の確定から5年、ついに彼の刑の執行が決まった朝には、彼の首の太さはすでに肩幅を超えていた
刑は執行された
当然、肩幅を超える首の太さを持つ彼は容易には死ななかった
しかし、彼が急に過度に首を鍛えたことにより、刑務官にはその目論見はバレていた
そのため、医者はあらかじめ複数人雇われてシフトが組まれており、死亡が確認できなくても次の仕事に向かうことができるようになっていた
肩幅を超える首を持つ彼はなかなか絞首刑では死ななかったが、ついに2か月後に餓死で絶命した
(完)
