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女性のヌードについて(改稿版)

 小学校の、五、六年生の頃……夏休みの自由研究みたいな宿題で……人体解剖をテーマに選んだことかあった。その手の図鑑を当時愛読していたので、たぶん遊び半分でこなせそうに思ったのだろう。幸い、絵心には自信もあって(思い込み(^▽^;))、骨格や臓器のスケッチもご機嫌の出来栄えに、ニンマリしたほどであった。

 ついては、それなりの大冊(?)にもなり……最後に表紙をどうするかという問題が残った。
 当初は、ドデカイ心臓あたりの生々しいイラストを描く予定であったが……色々と思案した結果、歴史関係の図鑑で見た「解体新書」に白羽の矢が立ったのだ。
 杉田玄白でお馴染の「解体新書」については、いまさら説明も不要と思うが、僕が着目したのはその内容ではなく、表紙の絵であった。
 そう。男女二人が素っ裸で両脇に立っているという構図である。今思えばなんてことは無い図柄ながら、純情な少年(?)であった当時の僕にとっては、なかなか刺激的とも言えたのだ。確実にインパクトはある。そう確信する反面、きっとクラスのみんなにからかわれるだろうとの予測もついた。意識過剰とはいえ……小学生が女性の裸の絵を描くのだから、それなりの緊張はあったらしい。

 それでも、僕は 誘惑に抗し切れず、いっそ堂々とかなりナイスバディーの女性のヌード描くことに決定を下したのだ。

 宿題の結果は、教師からは上々であった。僕の描いた表紙を手蔓に「解体新書」の講釈まで飛び出したほどだ。
 一方、友達からは散々揶揄されたは言うまでもない。

 他愛ない思い出ではあるが、僕が女性の裸を積極的に意識した初めての出来事だったのだ。

 やがて、中学、高校……と時は流れ、「解体新書」のヌードなど糞を食らえという……些かませた、言うなれば「エッチ」な方面に意識が流れたは、男性諸氏ならご理解頂けることだろう。
 僕にして絵画に興味を持ち、美術部で油絵を習い始めると同時に、各種の名画や美術雑誌の「アトリエ」あたりをを参考に手ずからヌードを描くことも、ごく自然な習いともなったものだ。
 とはいえ、高校時代までは本物のヌードモデルを目の当たりにすることもなく、漫画めいた裸体で満足していたのだが……十代の終わり頃になって、友人と二人ヌードのクロッキー教室に通うことになったのだ。

 その初日が、僕にとってはかなりのカルチャーショックであった。
 一般のクラスとあって、生徒としては老若男女とりどり数十人が打ち揃い、皆、クロッキー帳を手に、鉛筆等で身構えている。どんな美女のヌードが拝めるのか。興味津々であった。
 そして、予定の時間……おいおい、……という事態が勃発したのだ。
 なんと、前列に座っていた……当然生徒の一人と思っていた小太りの「おばさん」が……おもむろに着ている服を脱衣所さながらに脱ぎはなつと、面倒くさそうに裸体を曝して前面に押し出たのだ!

 もとより僕にして、こんなものか……と思いつつ、少しは鉛筆を走らせてはみたが……期待外れは尋常でなく、後半の時間は教室の窓から見えたニワトリ(なぜか?)を写生していたのを覚えている。

 その後、何度か別のクロッキー教室にも通い……中には、なかなか可愛い女子という場合もあったが、こんな時はたいてい図々しくて好色な素人画家のジジイが、「ゲイジュツ」を楯に勘違いの行為に出ることが多かった。
 そう。こんなポーズ、あんなポーズと……手を添えて、傍目にも下品なるエロを強要するのだ。

 エッチに目覚めていたとはいえ、そこはまだ十代の潔癖である。困り顔のモデルのお姉さんを前に、黙っていては男が立たない!
 ついては、堪忍袋の緒が切れて、

 「やめろ、ジジイ!」

 つい怒鳴って口論ともなり……それを機に、僕はクロッキー教室に通うことを断念した。

 この経験がトラウマとして残ったのだろう……以来、僕は女性のヌードというものに、必要以上に構えてしまうというか……いっそビビってしまうようになったらしい。
 初めて目の前に曝された「おばさんヌード」と、それなりに可愛い女子の「強制されたエロ肢体」……この二つのテーゼが、いかんせんアウフヘーベン出来ないのだ。

 ついては、ヌードに近い水着姿などよりも、きちんと着衣を身に付けた女性の方に魅力を感じるのは、今に至るまで変わることはない。

 多いに異論はあるだろうが……例えば、大自然の中に飛びっきりの美女が裸で立っている図(絵画などでありそう)を想像してみよう。一見、素晴らしい! ……と、感嘆するかも知れない。しかし、そこに一頭の白馬が現れたとする。とたんに、裸の別嬪さんは色あせ、大自然の主役は一瞬にして入れ替わってしまうように僕には思えるのだ。
 日本画家東山魁夷の有名な名画,「白馬の森」を見て頂こう。

 この白馬が、裸体美女に入れ替わったとしたら……どうだろうか? その方がいいぞ! ……とおっしゃる御仁もいるかとは思うが、魁夷の描く、カチッとした静謐の美は確実に失せてしまうだろう。

 やはり、人間というものは……本能を掟とする自然界からは追放された、生き物の異端児なのだろう。毛の抜けた肌に、着衣という羞恥を纏い、知という化粧を施してこそ、老若男女を問わず、ようやく光り輝く存在なのかも知れない。

 今、改めて「解体新書」の表紙を見るに……そこに立つ一対の男女のヌードは、まさに衣服という皮膚を剥がされた、解剖の第一段階のように思えてしまうのだが……

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銀騎士カート 貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。