⚪︎弱ってはいるけれど健康に生きている。
⚪︎家がある。
⚪︎ご飯が食べられる。
、、、充分幸せだと思っていい。
それなのに、なにか虚しくて、
なにか寂しくて堪らなくなる。
両手を広げて誰かに
『守ってあげるから安心して。』
『大丈夫だよ、何も心配要らない。』
と言って欲しい。
でも現実にはそんなものはない。
だから期待するのを辞めた。
それは悲しい事だ。
それが大人なんだなと思う。
ある夜、〈少し疲れたから今日はもう寝る〉と言い残し子供がそこそこ早い時間に自室へ行った。
それから暫くして、私は何となく気になり子供の様子をみにいった。
真っ暗な部屋で目を開けて身体を丸めている。
『眠れなかったの?こんな真っ暗な中起きてたの?大丈夫?』
『お腹痛くて、、、』と言う子供。
辛さと普段の色んなストレスが纏めてやってきたのか、私が声を掛けた事でそれが引き金になってしまったのか、子供の瞳から突然涙が溢れ、頬を伝い始めた。
『ごめん。そんなに辛いのに気付いてあげられなくて本当にごめん!言ってくれたらよかったのに。何となく気になって来たんだけど、全然わかんなかった。気付かなくてごめん!いつも学校頑張ってるもんね。もし辛かったら明日休んじゃいな。無理する事ないよ。元気でいる事が1番大事なんだから。』
すると子供は、
『もし具合悪いって言ったら絶対心配させちゃうと思って、、。それに具合悪いって言ったら、お母さん気付かなくてごめんねって絶対謝ると思ったから我慢しちゃった』と言い、小さく身体を震わせながら色んな不安を吐き出す様に更に泣き出してしまった。
私はその姿がとても愛おしかった。
もう小さくない子供を摩りながら『いいんだよ』とあやした。
『大丈夫だよ。あなたを守る為にお母さんは存在しているんだから辛い時は我慢しないで頼っていいんだよ。』って。
それから娘に私の部屋で今夜は一緒に寝るか尋ねた。普段から時々、私の部屋でお泊まり会をしている。
その日はそれから一緒に寝ると言うので寝具を移動してお泊まり会の準備をした。
子供の好きな飲み物を飲ませたら〈落ち着いたし痛みがなくなった〉と言うので夜遅くまでどうでもいい話をして、ゆっくり過ごした。
次の日はあとから取り返せそうな授業だったので本人も休むと言ったので休ませた。
1日ゆっくり過ごしたら気持ちが落ち着いたようで翌日、無事元気に学校へ行った。
私は知っていた。
子供に幼い時から掛けてる言葉は
私が欲しかった言葉だって。
誓って無理はしていない。
本当に心から湧き上がる愛情が
次から次へと言葉に変わって出てくるだけ。
私は子供を愛している。
それでいいよね。
充分恵まれている。
私は子供を支える立場で、
甘える立場に立つ人じゃない。
でもそうしたら私はこのまま、心を開く事をせずに死ぬのかな。常に気を張って、不安なままなのかな。
家族も友達も、私がこんな事思っているなんて思いもしないだろう。いつも元気で明るいと言われるから。勿論明るい私も本当の私。
だけど裏の私もいる。
どんなに食べても
どんなに寝ても
どんなに物に溢れても
どんなに時間が経っても消えない物もある。
そしてずっと満たされない部分がある。
それを自分で埋められるのが大人?
自分で埋めてる振りをしてるのが大人。
だけど大人だって寂しい。
子供の頃はずっと寂しかったけど
寂しいなんて口が裂けても言えなかった。
もういい歳になって、色々味わって来たから素直な感情が出てくる様になったのかもしれない。
自分で自分を解放して
思ってしまうのかもしれない。
〈寂しい〉って。
足りない物を自分で補える大人になりたい。
少しはなっているとも思う。
寂しい気持ちを無理に捨てず、
それは残したままで許せる自分になりたい。
