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無駄話31 『当事者』


訪れてくださる方、フォロー、すきをくださる方、
いつもありがとうございます
🍀
なかなか、お一人お一人に御礼が言えずにすみません。

この読みにくいであろう小説を、
読んでくださる方がいることに、本当に感謝しております。
コメント、メール。本当にありがとうございます
🌻
これからも読みやすさを考えて、面白いと思っていただけるものを
書いていくつもりです。よろしくお願いします
🍀



さて、今日は、ちょっと思った事を。

地震のニュースを見るたびに思います。
当事者にならないと、ほんとうのところって、
やっぱりわからないんだよなぁ、と。

熊本の皆さんの状況を前に、私にできることなんて本当に少なくて。
重機が扱えたり、医療に携わっていたりしたらできる事も
もっとあるんだろうな……。

募金したり、祈ったり、いつも応援している
NPOやk9の活動がちゃんと届いていますようにって願ったり。
個人としては、それくらいしかできない。
無力だなぁと思いながら、ただ見守るしかない。

知り合いの無事を確認して一安心したけど、
当事者の方が今どんな気持ちでいるのかは、正直わからない。
個々で違うだろうし、大きい小さいあるだろうし。
だからこそ、遠慮せずに言ってほしいと思う。
どんどん発信してもいい。
小さなことでも、思ったことをぽつりと。

ちゃちゃ入れる人もいるだろうけど、そんなのは風みたいなもの。
声を出すことで、誰かの孤独が少し軽くなることだってある。


そう思うのは、
私自身が地震で停電・断水を経験した時のことがあるから。
今の熊本の状況とは比べ物にならないほど軽い状況だったけど。

避難所には行かなかった。
家のほうが落ち着く気がしたし、
備蓄もあったからなんとかなるだろうと思っていた。
でも、家に籠っていると、情報がない。
この状況がいつ終わるのかもわからない。
不安というより、
なんとも言えない“ぽつん”とした感じが胸の奥に居座る。

「私のことなんて、誰も知らないんじゃないか」
「ひどい状況じゃなければ、
 自分でなんとかしろってことなんだろうな」

そんな極端な考えがふっと浮かんでしまう瞬間があった。
性格にもよるんだろうけど、あの孤独は独特だった。
特に電気がない夜は外の月と星をどのくらいの人が見ているのか
わからなくなって不安だった。

他の地域の人たちの日常の楽しいニュースとか見ると、
こっちの気持ちも知らないくせになんて気持ちにもなった。
今なら、こんな時ほど日本の経済回すために
普段通り生きて当たり前ってわかるけど。
そんな気持ちにもなるほど極端な状況に急に陥る。


そんな中で救いになったのが、
ラジオの声と、給水所でのちょっとした会話だった。


マンションの給水所は一階。
我が家は十階より上。
水を運ぶのは正直しんどかった。
でも、同じ状況の人たちが「持ちましょうか?」
なんて声をかけてくれる。
その一言が、なんだか胸にじんわり染みた。

普段は一人が大好きな私でも、
あの時ばかりは、人の言葉ってこんなに温かいんだなぁと思った。
気づけば、何度も給水所に行っていた。
階段で何度か脚がつりそうになったけど。
水よりも、あのちょっとした会話が欲しかったのかもしれない。

だからこそ思う。
当事者の声って、たとえ小さくても、誰かの心に届く。
孤独の中にいる誰かを、そっと現実に引き戻す力がある。
あの時の私がそうだったように。
声を掛け合う大切さを実感した出来事でした。

今日は私は休み。
休みを堪能できる今に感謝しつつ、
コレが当たり前でないことも感じ、ただ、応援してます。

熱中症、気をつけてください。私も気をつけます。
熊本の皆さんも、他の地域の方々も。

ではまた次回🍀

〜画像ありがとうございます♪〜

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