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繋いだ手は絶対に離さない

私がまだ二十代だった頃、友人からの紹介で運命の人と出会った。

その日は仕事が立て込んでいて約束の時間より少し遅れて待ち合わせ場所に着いたのだが彼女が気にしているそぶりは無かった。

すいません、お待たせしてとすぐに謝ると気にしないで良いですよと言ってくれた。

それからお腹空いていますか?と聞くと少しだけという返事が返ってきたので繁華街に移動して当時よく行っていた馴染みの九州料理の専門店に入った。

私は運転があるのでウーロン茶をオーダー、彼女にお酒を勧めると生ビールを頼んでいた。

飲み物が運んでこられるまでは何となくお互いがもじもじしてちょっと気まずい時間が流れた。

程なくして飲み物と突き出しが出てきたので、まずは乾杯。
今日は都合を合わせてもらってありがとうございますと私がお礼を言うと彼女はいいえとニッコリ笑って生ビールを美味しそうにゴクリゴクリと飲んでいた。

喉が渇いていたんですよね~と屈託なく笑う彼女の姿にちょっとときめいた。

鶏肉が好きだというので地鶏の刺し身と焼き鳥、後はサラダを頼んだ。

私もウーロン茶を飲んで一息ついたのでまずは自己紹介から、名前と年齢、仕事はこんな事をしていますと話し出すと堅苦しいから敬語は止めにしませんかと提案してくれたのでリラックスできた。

彼女は私の二つ年上で当時東京に住んでおり所用で地元に戻ってきているとの事だった。

彼女の名字は難読漢字で人生で初めて聞くものだった。

逆に私は日本中のいたるところにいる全く珍しくない名字なので、ね、平凡な名前でしょとトークの始まりとしてはなかなか順調な滑り出し。

その内に料理が届いた。

彼女が何も言わないで私の分から取り皿によそってくれたので好感度はますますアップした。

そして彼女はお酒、特にビールが大好きらしく二杯目を注文していた。

美味しい料理を前にほんのり酔ってきたのか硬かった表情も少しづつ柔らかくなっていった。

二時間くらいそのお店で話し込んだが、まだ喋り足りなかったので場所を変える事にした。

どこか行きたいところある?と聞くと海が見たいと言うので車で三十分くらいの海水浴場までドライブ。

車の中では好きな音楽の事や学生時代のエピソードなど話は尽きなかった。

程なくして海に着いたので車から降りると砂浜に向けて彼女はすたすたと歩いて行く。

後ろからついていってしばらくは無言で二人で星空と海を眺めた。

それからベンチに座ってたまたま彼女が好きな演劇の話になり、私が好きな劇団の名前を言うと私も大好きなの!とその日一番の笑顔を見せてくれてググっとそこで距離が縮まった。

春先とは言え夜の海は遮るものがないのでそれなりに冷える。

そこで車に戻ってちょっと酔っている彼女のお喋りを楽しく聞いた。

一時間くらいそんな事をしていたら遅くなったので彼女を家まで送り届けて別れ際に電話番号とメールアドレスを交換してその日はお休みなさい。

私は彼女の魅力に一発でやられて頻繁にメールでやり取りをして距離感を縮めていった。

電話も週に二度はかけてお互いの近況報告や笑い話を三時間位したものである。

その頃の通話料金はかなり高額になったがちっとも惜しくなかった。

会いたい…私がそう思うまでには時間がかからなかった。

その頃は二か月に一回仕事で東京に行っていたので、彼女に会うのは渡りに船であった。

出張を終えてから初めて東京で会った彼女はピシッとしたスーツを着こなしており凛々しかった。

次の日が土曜日だったので、何気なく彼女の家を見たいというと散らかっているからと難色を示されたがここでひるんだら駄目だと思ったのでちょっと強気に私が押し切った。

駅からかなり歩いたがその間もお喋りが止まることはない。

ほどなく彼女のアパートについて、お邪魔しますと上がり込んだ。

こじんまりとした部屋は整頓されており彼女が丁寧に暮らしているのが分かった。

今、コーヒー淹れるねと言っている間にリビングでそわそわしていたら、細かい汚れとかホコリがあるからあんまりじろじろ見ないでと言われた。

はい、どうぞと出されたコーヒーはブラックでとても美味しかった。

コーヒーを飲み終えた後に私は正座して「好きです、私とお付き合いしてください」と告白した。

頭を下げているので彼女の表情はうかがえない。

ドキドキしてすぐに喉がカラカラになった。

時計の秒針の動く音だけが静かな室内に響いていた。

どのくらい待ったか、彼女は実は私も好きともじもじしながら答えてくれた。

こうしてめでたくお付き合いをする事になったのだが、いきなりの遠距離恋愛である。

出張から帰った日からはメールと電話をかける頻度がうんと上がった。

そんな日々が半年くらい続いて私は彼女のそばにいたいと強烈に思うようになった。

仕事は面白かったし先輩も面倒見の良い人ばかりだったが、その全てを投げうってでも彼女の顔を毎日見たかった。

まずは父に彼女と暮らすために東京に行くと言うと、お前の人生だからお前が決めろと容認してくれた。

次は心苦しいが会社の上司に退職の意志を伝えた。

小さな会社だったがその中では若手のホープだったので寝耳に水でかなり驚かれた。

その日の夕方に上司に呼び出され詳細は伏せていてもらう約束でこれまでの経緯を話した。

上司は事情を一通り聞き終えると、若いな…と言いながら苦々しい顔でタバコに火を点けた。

私としては筋を通したつもりだったが、社内でそれなりに評価されていたのか専務や常務といった上役も私を説得してきた。

相手はこちらの事情をすべて把握しており、口の軽い上司にも幻滅したのでその日の夜に退職願を書き上げて翌日に上司に渡した。

すると上司は会議室に私を呼んでどうしても辞めるのか?と問い詰めてくる。

はい、ここはとてもいい会社ですが自分には大切な人が出来たので、辞めさせてくださいと心の底から声を絞り出した。

上司は少しため息をついて「五万だ」指を広げてお前だけ毎月の給料をそれだけ上乗せするから考え直せと言われた。

正直にそこまで評価されていたのかとちょっと嬉しくなったが、私の決心が揺らぐことは一ミリも無かった。

「すいません、お金の問題じゃないんです」と言って頭を深く下げた。

その様子を見た上司は明らかに苛立った態度でお前絶対後悔するぞと言われたが全く心に響かなかった。

会社が私を手放してくれることを認めてくれたので一か月で仕事の引継ぎを済ませて、ボストンバッグに何着か服を詰めて意気揚々と東京行の新幹線に乗り込んだ。

駅まで送ってくれた母はいたって冷静で同棲するんだったらちょっとやそっとの事で帰ってきたら駄目よと言っていた。

新幹線が走り出して地元の街からグングンと離れていく。

私には想ってくれている人がいるという心強さがしんみりした気持ちを吹き飛ばしてくれた。

地元から東京駅に着いたら彼女が駅まで迎えに来てくれていた。

会いたかったと私が言うと私もと彼女が答えてくれた。

それから同棲生活が始まって幸せな日々が始まった。

一年半くらい順調に暮らしていたが、よんどころない事情が実家にできて急遽Uターンしなければならなくなった。

彼女はこのまま東京暮らしをするか私と一緒に地元に帰るか相当悩んでいたが、最終的には私についてきてくれる道を選んでくれた。

地元に帰ってから実家のピンチを何とか乗り切って新しい職に就いて生活が安定してからクリスマスイブに彼女と籍を入れてめでたく夫婦となった。

それから二十年、他愛も無い事から離婚の危機もあったりしたがどうにかこうにか乗り切って今がある。

私を評価してくれたあの会社に恩義はあるが、正直に惚れた女性と一緒になりたいとキッパリと言えたことには微塵の後悔も無い。

今でも妻の事が好きで好きでたまらない。

自分の気持ちに正直になった事、それを受け入れてくれた妻。

人生のターニングポイントはいくつかあるが、この選択だけは絶対に間違っていなかったと言い切れる自信にあふれている。

頼りない私の隣でいつも支えてくれる妻よ本当にありがとう、生まれ変わってもまた隣で笑ってくれていて欲しい。

永遠に愛している。

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