めばちことも言いますね
今朝、目が覚めたのはいつも通りの時間。
ああ、よく寝たと思ってトイレに行こうと思ってメガネをかけたら視界がぼやけていた。
ううん?と思ったが全く見えないわけじゃなかったのでそのまま用を足した。
ここの所ずっと目の治療中で、寝る前に眼球に軟膏を塗りこんでいるのでそれが残っているのかなぁと思いつつとりあえず顔を洗いに洗面所に。
鑑を見て、あっと思った。
左目の瞼の三分の一が腫れあがっているのである。
おお、これはめいぼだなとすぐに分かった。
顔を洗って目薬をさしてみると目のかすみは取れたが左の瞼は重たい感じがして視界はあまり良くない。
今日は予定が詰まっていて眼科に行く時間もないし、これ位なら大丈夫だろうと思って普段治療に使っている目薬を持って出かけた。
自分でも違和感があるが出会う人出会う人に、あれ、目どうしたの?と聞かれること多数。
その度に多分めいぼですと何度も答えた。
ちなみにこれまでめいぼ、めいぼと当たり前のように連呼している単語は完全に方言で、標準語に直すと「ものもらい」である。
ひどくなると瞼が目の半分くらいを覆ってしまうので視界が非常に悪くなる厄介な症状である。
幸い今回のめいぼはそれほどではなく今日は騙し騙し一日を終える事が出来た。
ちなみに昔ながらの民間療法としては縫い針をマッチやライターの火で赤くなるまで熱して冷めたらめいぼの素になっている腫瘍部分にプシッと突き刺して膿を抜くという非常にワイルドかつ安全性に疑問が残る方法で治療していた。
子どもの頃は指先が器用な婆さんがそれをしてくれていたのだが、何といっても眼球に針がグングン迫ってくるスリルたるやなかなかの恐怖体験だった。
かといって目をつむってしまうと治療できないので膝の上に手を置いてぎゅっと握って目をかっぴらいて我慢する。
ちょっとだけチクッとすると、はい終わったよと婆さんはこともなげに言う。
それから綺麗な濡れ布巾で目の周りを拭いてもらうと黄色い膿が出ているのが分かった。
眼科だったら治療薬を塗って眼帯をつけて目を休めるのだろうが、めいぼくらいでそんな丁寧な事はしなかったワイルドな昭和の話である。
とりあえず、今は目の治療中なので自己判断で針でプチッは駄目だろうと思うのでこれ以上広がるようだったら眼科にかかろうと思う。
今日は右目を酷使したので何だか左の肩が凝って仕方がない。
なるべく目を休めるために今日は早めに寝よう。
めいぼは疲れ目からくることが多いので皆さんもご用心ご用心。
こうなったら目の快癒に効くお寺さん参りでもしようかしら。
山口県だと周南市にある目観音様が有名らしいので今度のお休みにちゃんとお参りの作法を調べてお参りに行ってみようかなぁ。
いくら何でも今年は目のトラブルが多すぎるから。
眼科にもかかってちゃんとケアをしているのだがなかなかどうして。
いや、その過信が良くないに違いない。
何事も謙虚に低姿勢にですよね、はい。
