【連載②】ワインがつなぐ8人の夏物語 ― 淡路島・夏旅編
第2回 宝石箱の夜 ― スイカ割りと、ギターと、流れ星
前回のあらすじ: 朝の新幹線で泡を三本、島に上陸して花さじき・神社・玉ねぎ食べ放題を満喫。海辺のヴィラ「トリッカ」では、年に一度の花火が私たちを迎えてくれた。旅は、二日目へ。
第四章 朝サウナと、けんちゃんのパンケーキと、そろった八人
二日目は、朝のサウナから始まった。

まだ空気のひんやりする早朝、莉英ちゃんがサウナの薪にていねいに火をつけてくれた。パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、バレルサウナが熱々になるのを待つ。じっくり汗を流したら、目の前の朝の海へ、そのまま飛び込む。「冷たーい!」――朝一番の海は、体の芯まで一気に目を覚まさせてくれる。ほてった体を冷やしたら、またサウナへ。この無限ループが、たまらなく気持ちいい。何度でも、いつまででも繰り返していたくなる。

じゅうぶんに"ととのった"あとは、けんちゃんの出番だ。オープンキッチンに立った彼が、朝ごはんに手づくりのパンケーキを焼いてくれた。ふっくら、ふわふわ。焼きたての湯気の向こうで、みんなの顔がほころぶ。朝日を浴びながら頬張る、幸せのパンケーキ。けんちゃんのパンケーキは、最高なのだ。海を眺めながらのこの朝食で、二日目のエンジンは完全にかかった。
お腹も心も満たされて、私たちは島でいちばん大切な場所へ向かった。
伊弉諾神宮。日本最古といわれる、国生みの神話が息づく神社だ。
鳥居をくぐると、空気そのものが違った。背の高い木々に守られた境内は、ひんやりと澄みわたり、一歩進むごとに、心が静かに整っていく。淡路島は、イザナギ・イザナミの二柱の神が、いちばん最初に生んだ島だという。神々がこの手で創った島――その伝説を、頭ではなく、体で実感できる場所だった。
静かに手を合わせる。昨日の花火の幸運を思えば、この島の神様は、本当にいるのかもしれない。そんな気持ちにさせられた。

お参りを終えると、私たちは高速道路の出口へ向かった。今日から合流する、最後の一人を迎えに行くのだ。
北見駿也くん。車を走らせて待ち合わせ場所に向かうと、身軽な姿の駿也くんが、笑顔で手を振りながら現れた。「おはようございます! !」――その顔を見た瞬間、みんなの表情がぱっと明るくなる。これで、ようやく八人がそろった。八人の夏旅が、ここから本当の意味で始まる。
全員そろって向かったのは、島にただ一つのワイナリー、淡路島ワイナリー。

迎えてくれたのは、おかみさんだった。彼女は、この土地のワインの物語を、ひとつひとつ丁寧に聞かせてくれた。もとは地元の荒れた畑。それを一から開墾し、ブドウ畑へと生まれ変わらせ、そこからワインを造っているのだという。荒れ地を実りの畑に変える――その苦労を思いながら口にするワインは、しみじみと、味わい深かった。土地の物語が、そのまま一本に詰まっている。

マスカットベリーAの辛口ロゼスパークリングから始まり、白ワインをおいしくいただき、中でも忘れられないのが、三本目にいただいた自社畑のモンドブリエというぶどうでつくった白ワインだ。モンドブリエは、高級ぶどうのシャルドネと病気に強いカユガ・ホワイトというぶどうををかけ合わせて日本で生まれたブドウ品種だそうです。日本の気候でも育てやすく、さわやかな酸味とバランスのよい辛口のワインに仕上がる。白桃や紅茶のようなアロマのかおる辛口の白ワインで、どこか高級感のある堂々とした味わい。私たちがぴったりな表現の言葉を探していると、今井さんがグラスをそっと傾けて言った。
「厚みのある酸、ですね」
その一言に、一同、思わず唸った。まさに、それだった。ただ酸っぱいのでもなく、ただ濃いのでもない。芯の通った、奥行きのある酸。ソムリエのひと言は、味を、輪郭のくっきりした風景に変えてしまう。今井さんがいてくれると、ワインが何倍もおいしくなる。
ワイナリーのレストランの料理も新鮮な食材を使っていて素晴らしく、地元の食材とここでしか味わうことができないワインが響き合って、フルボトルがどんどん空いていく。十一時から一時半まで、たっぷり二時間半。気づけば、五本が空になっていた。大満足で、ワインや食材をしっかり買い込んで、私たちはワイナリーを後にした。
腹ごなしは、もちろんお買い物。合言葉はまたしても「地方創生!」だ。
訪れたのは、グローバルマーケット。淡路島の玉ねぎを箱買いするひと、地元食材やお塩、お土産の数々、そしてかわいいバッグや小物まで、品ぞろえが充実していて、目移りが止まらない。各自、両手に戦利品を抱えて、ほくほく顔。「これも地方創生」「これも立派な地元への貢献」――言い訳はいくらでも湧いてくる。
続いて向かったのは、お香で有名な「にいど」。淡路島は、実は日本有数のお香の産地でもある。店内には、うっとりするような香りが幾重にも漂い、それぞれ好みの一箱を選ぶ時間は、なんとも贅沢だった。旅から帰っても、この香りを焚けば、あの島の空気がふっと蘇るのだろう。
そして、この日ふたつめの神社、おのころ神社へ。
淡路島の始まりの地は、おのころ島という島だといわれていますが、そのおのころ島の神様を祭った、歴史ある神社である。

目印は、とても大きな、真っ赤な鳥居。青い夏空を背に、その朱色がまぶしいほど映えている。私たちは鳥居の下に八人そろって並び、記念撮影。旅の真ん中で、全員がカメラにおさまった一枚は、きっと宝物になる。

日が傾きはじめ、私たちはまた、トリッカへと帰っていく。
最後の夜を、あの海辺のヴィラで過ごせると思うと、わくわくが止まらない。線香花火も、あの巨大なスイカも、準備は万端。今夜が、この旅のクライマックスになる――誰もが、そんな予感を抱いていた。


<この章まで、開けたワイン:15本(二日目の昼、ワイナリーで+5)>
第五章 これぞ日本の夏 ― スイカ割りと、ギターと、流れ星
二日目の午後は、まだ日の高いうちから始まった。

昼下がり、私たちはグラスを手に、島時間のスイッチを入れる。最初の一杯は、とっておきのロゼスパークリング、Hundred Hills。その名の通り、百の丘を越えてイギリスからやってきた、ロゼのスパークリング、めちゃくちゃ美味しい、なかなか手に入らない貴重な一本だ。近ごろのイギリスは、上質なスパークリングの産地として世界が注目している。淡いサーモンピンクの泡が、午後の光にきらきらと透けて、うっとりするほど美しい。

そのあとは、北海道のピノノワールで作られたロゼワインを注ぎ足しながら、のんびりとハッピーアワー。海を眺め、風に吹かれ、ただグラスを傾ける。予定も、締め切りも、何もない。この贅沢な"何もしない時間"こそ、旅の醍醐味だ。


昼下がりのロゼのあとは、いよいよディナーのためのとっておきのシャンパーニュ、フレデリック・サヴアール。シャンパーニュ好きの今井さんが喜んでくれそうな通好みの希少性の高いものを選んでみたが、案の定今井さんが喜んでくれてうれしい。

ゆっくりとゆるやかな島時間をおしゃべりしながら楽しんでいると、やがて十八時、マッテオさんが再びやってきた。

二日目のディナーも、期待をはるかに超えていた。牛肉の前菜に、魚介類、島の野菜、とろけるようなリゾット、そして締めのティラミス。キッチンからいい匂いが漂うたび、私たちは我慢できずに何度ものぞきに行っては、「どうやってつくってるの?」「えー、バターたっぷりなんですね?」とマッテオさんを質問攻めにした。まるで、料理を待ちきれない子どもたちだ。



ワインも、この夜は特別だった。特別な造り手・安蔵正子さんの白、そして"ジミーさん"の白と、心をこめて選ばれた一本一本を味わい、〆には二〇〇六年のシャンボール・ミュジニーと、シャトーヌフ・デュ・パプ。今井さんがうやうやしく栓を抜くたびに、テーブルから歓声があがる。熟成した香りが、潮風にふわりと溶けていった。



そして、お腹が落ち着いたころ――この夜いちばんの"事件"が起きる。
スイカ割りだ。

昨日、花さじきの直売所で抱えてきた、あの巨大なスイカ。ついに出番がやってきた。タオルで目隠しをして、竹の棒を握り、くるくると回されて、いざ勝負。
まずは莉英ちゃん、かすっただけ。続いて駿也くん、惜しい、ひろみさん、もう少しで割れそう! 三人が代わる代わる挑むも、あの丈夫なスイカは、うんともすんとも割れてくれない。

次に、私の番が回ってきた。
目隠しをして竹を構えた私は――あとから聞いた話では、まるで刀を振り下ろす侍のようだったらしい。力の限り、三度。竹の棒を、スイカめがけて叩きつけた。バキッ、と鈍い音がして、ついに巨大なスイカがかち割れた。

「浩子さん、あれ、めちゃくちゃ怖かった……!」
みんなが口々にそう言う。その形相ときたら、鬼気迫るものがあったそうだ。けれど当の私は、割ることに夢中で、自分がどんな顔をしていたのか、まったく気づいていなかった。テーブルは、この夏いちばんの大爆笑に包まれた。
割れたスイカは、みんなで頬張った。真夏の、いちばん甘いごほうび。あの巨大なスイカが、こんなにも場を沸かせてくれるとは――昨日の私たちには、想像もつかなかった。(もっとも、このスイカの"最後の役目"は、まだ残っていた。)

夜が深まると、花火タイム。
パチパチとはぜる線香花火を、みんなで囲む。小さな火の玉が、じりじりと燃えて、ぽとりと落ちる。その儚さを惜しみながら、「あー、落ちた!」と笑い合う。派手な打ち上げ花火もいいけれど、この手のひらの中の小さな光には、また違う愛おしさがある。
ひとしきり夏を満喫したあとは、屋内へ戻って涼みながら、またワインを開ける。

そして――部屋の隅にあった、あのギター。昨夜はけんちゃんが"弾くふり"で笑いを取ったギターを、今夜は駿也くんが、そっと手に取った。
そこからが、圧巻だった。
流れるような指づかいで奏でるメロディに、口笛を重ねていく。ギターと口笛の二重奏。そのあまりのかっこよさに、私たちは思わず聴き入った。さっきまで大笑いしていた部屋が、しっとりと、上質なライブ会場に変わる。ワイングラスを片手に、駿也くんの音楽に身をゆだねる時間は、なんとも贅沢だった。
夜も更けたころ、外に出て、みんなで空を見上げた。
満天の星。都会では決して見られない、降ってくるような星空だ。しばらく黙って眺めていると――すうっと、一筋の光が夜空を横切った。
「流れ星!」
誰かの声に、全員が息をのむ。願いごとをする間もないほど、あっという間の一瞬。けれど、その光は確かに、私たちの心に焼きついた。
星空の余韻にひたっていると、今度は足もとで、小さな夏の使者に出会った。クワガタだ。夏の夜に誘われて、ひょっこり現れたらしい。みんな童心に返って捕まえると、割ったスイカのかけらを餌に入れて、そっと連れて帰ることにした。あの花さじきのスイカは、最後の最後まで、この旅を楽しませてくれた。東京へ持ち帰ることはできないが、1匹のクワガタが夏の思井出をまたいろどってくれた

海の音。星の光。ワインの香り。仲間の笑顔。
これぞ、日本の夏。花火があって、星空があって、海があって、サウナがあって、スイカがあって、クワガタがいて、そして、大切な人たちと分け合うワインがある。あんなに笑って、あんなに満たされた夜を、私はほかに知らない。
前作で私は、ワインスクールを"宝石箱"と呼んだ。ならばこの夜は、まぎれもなく、その宝石たちが海辺で輝いた、ひと粒ひと粒がきらめく夜だった。
<この章まで、開けたワイン:21本(二日目は昼5+夜6の計11本)>
◇次回予告◇ 第3回「洗濯機の渦へ」
最終日は、朝サウナと“朝シャン”から。大潮の鳴門でぐるぐるの大渦に大興奮し、海を渡って徳島のワイナリー「ナタン」へ。個性的な女性醸造家・奈未香さんの、葡萄のエネルギーが詰まった一本と出会う。
(第3回へつづく)

