ネオニコチノイド
ネオニコチノイド(英: neonicotinoid)とは、クロロニコチニル系の農薬・殺虫剤の総称である。代表的な成分には、イミダクロプリド、アセタミプリド、ジノテフラン、クロチアニジン、チアメトキサム、チアクロプリド、ニテンピラムなどが該当し、これらは世界の殺虫剤市場の約25%以上を占める主要な薬剤となっている[1]。農薬として世界100カ国以上で販売されている。
概要
[編集]かつて農薬として使用されていた硫酸ニコチン(タバコの成分)は、殺虫作用がある一方で、ヒトや家畜に対する毒性も強く危険であった。そこで、ニコチンの化学構造を改良し、脊椎動物への毒性を低減しつつ昆虫にのみ強く作用する「選択毒性」を持つ物質として開発されたのがネオニコチノイドである。
初期の研究として、1979年にシェル株式会社が「ニチアジン」を開発したが、太陽光に対して不安定であり実用化には至らなかった。
その後、1980年代に日本特殊農薬(現:バイエルクロップサイエンス)が「イミダクロプリド」を開発。1988年に日本で公的試験を開始し、1992年に世界初のネオニコチノイド系農薬として登録された。その後、研究が進むにつれて、本系統剤が多様な化合物群で構成されることが見い出され、1993年に、東京農業大学の山本出教授によって「ネオニコチノイド」と呼ぶ提案がなされた。以降、ネオニコチノイド系殺虫剤の呼称が、世界で使われている。
ネオニコチノイドは、水溶性が高く植物体への浸透移行性もあるため、残効が長いという特長を有する。このため、散布回数を減らせるため、世界において主流の農薬として用いられ、1990年代から使用が急増した。
ネオニコチノイドは、有機リン系やピレスロイド系などの既存農薬に耐性を持つ害虫にも効果を発揮する。また、水溶性が高く植物体への浸透移行性を持ち、成分が植物全体に行き渡ることで残効が長いという特長を有する。それにより、散布回数を減らせるメリットがある。また、無味無臭であるため、農薬としての利用だけでなく、建材のシロアリ防除などにも広く利用されている。 こうした利便性から、1990年代以降、世界中で主流の農薬として使用が急増した。
その後、2000年代頃から、世界各地でミツバチの大量失踪事例(蜂群崩壊症候群)が多発し、その一因としてネオニコチノイド系農薬が疑われるようになった[2]。このため欧州連合(EU)では予防原則に則り、2018年に、登録ネオニコチノイド主要5種の内3種を使用禁止するなど規制を強化している。また、ネオニコチノイドを摂取した際の哺乳類への影響評価についても議論が続いているが、まだ結論は出されていない。
化学的特徴と種類
[編集]構造
[編集]ネオニコチノイドは、化学構造の中にシアノイミン(=N-CN)、ニトロイミン(-C=N-NO2)、クロロピリジル基、クロロチアゾリル基、フリル基を持つ点が特徴である。なお、分子内にクロロ基を持つ構造が代表的なので、分子内にクロロ基を持たないものも含めて、クロロニコチニル系とも呼ばれる。
- ニトログアニジン系
- ニトロメチレン系
- ニテンピラム - 1995年、商品名「ベストガード」
- ニチアジン - 1979年にシェル株式会社が開発した。しかし光に対して不安定なため、実用化されなかった。
- ピリジルメチルアミン系
- ニコチン
- 最初に発明されたネオニコチノイド、ニチアジン
- クロチアニジン
- ジノテフラン
- チアメトキサム
- ニテンピラム
- アセタミプリド
- イミダクロプリド
- チアクロプリド
作用機序
[編集]ネオニコチノイドは、昆虫の神経細胞のシナプス部分の後膜に存在する神経伝達物質のアセチルコリンの受容体である「ニコチン性アセチルコリン受容体 (nAChR)」に特異的に結合し、神経細胞を興奮させ続けることで、死に至らしめる[3]。
用途
[編集]ネオニコチノイド系殺虫剤は、各国において、ガーデニング用および農業用の殺虫剤、家庭用スプレー式殺虫剤、ペットなどのシラミ・ノミの駆除、ゴキブリ駆除、シロアリ駆除、住宅の化学建材、木材防腐剤[4]など広範囲に使用されている。
ネオニコチノイド単体の農薬として販売される以外に、他の殺虫剤や農業用殺菌剤および殺ダニ剤に使用されている[4]。なお希釈前の高濃度の薬剤(顆粒水和剤・乳剤)については、アセタミプリドとイミダクロプリドが、毒物及び劇物取締法の「医薬用外劇物」に指定されている。
農薬
[編集]建材の防虫剤
[編集]哺乳類への毒性とヒトへの影響
[編集]ネオニコチノイドは、従来の有機リン系などの農薬とは異なり、昆虫の神経系にあるニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に特異的に強く結合するよう設計されているため、ヒトなどの哺乳類に対する急性毒性は比較的低く、高い選択毒性を持つ「安全な農薬」として急速に普及した。この選択性は、昆虫と哺乳類で受容体のサブユニットが異なり、哺乳類への結合度が低いことに由来している。一方、哺乳類にも同受容体自体は存在するため、低量ながらも結合し作用する可能性があるという報告もあり、安全性が議論されている[8]。
哺乳類への毒性について
[編集]ラット新生児の小脳から採取した顆粒細胞に、アセタミプリドおよびイミダクロプリドを投与したところ、興奮性反応を誘発した。このことから、ネオニコチノイドが細胞レベルでニコチンと同様の作用をしめすことが示唆されている[9]。
Frontiers in Neuroscienceの論文で、母親マウスに対し、妊娠中期にあたる妊娠6日目から離乳直前の出産後21日目まで、水に溶かしたアセタミプリドを経口で1日体重kgあたり1mgの用量で35日間続けて投与したところ、雄の子マウスの不安情動反応が、対照群に比べ有意に増加したという報告がある[10]。ただし、この報告は、1mg/kg体重/日以上と日本人の1日平均摂取量の 1000倍以上に当たる量を投与する実験である[10]。
2024年、NRDC(自然資源防衛協議会)などの科学者らが、情報公開法を通じて入手した未公開のDNT試験報告書(アセタミプリド、クロチアニジン、イミダクロプリド、チアクロプリド、チアメトキサムに関するもの)を再解析した。論文では、高用量群で見られた胎児・幼若ラットの脳のサイズ減少を報告しており、脳発達に影響があると主張している[11][12]。一方、この論文に対しては、批判があり反論論文が出されている[13]。この反論論文では、GLP準拠試験、EPA(米国環境保護庁)ガイドラインに従って実施されたラットを用いた試験、in vitro(試験管内)試験、疫学研究の結果を総括した。レビューの結果、「高用量群で見られる影響は、母体の体重減少などに伴うアーティファクトであり、神経系への特異的な毒性作用示す証拠はない。脳の変化も明確な神経病理学的変化とはパターンが異なる。学習・記憶などの認知機能障害は認めない。」と結論付けている[13]。
ヒトへの影響について
[編集]ネオニコチノイド農薬の安全性は農薬毒性試験で評価されてきた。農薬毒性試験でのADI(許容一日摂取量)は、対象動物の反復投与毒性試験・単回投与毒性試験・遺伝毒性試験・遺伝毒性試験・催奇形性試験の結果から決められている。内閣府食品安全委員会の審査でもこの基準に基づくため安全であると、報告されている[14]。
農薬散布者を除外して考えると、ヒトが体内に取り込む主要な経路は、飲料水や食品の経口摂取[14][15]、ハウスダスト[6]、飛散物の吸引(肺)[5]である。日本の妊婦を対象とした調査では、尿中から高頻度でアセタミプリドの代謝物(N-dm-ACE)やジノテフランなどが検出されている[16]。加えて、石川県の住民を対象とした研究では、唾液中からアセタミプリド、クロチアニジン、イミダクロプリド、およびトリメトキサムが検出されている[17]。
ネオニコチノイドのうち、アセタミプリドは、経口摂取すると腸管から受動拡散によって吸収される[18]。また、一部脂溶性であるため、血液脳関門を通過することも報告されている[18]。また、イミダクロプリドについては、血液脳関門や胎盤を通過することが確認されている[19]。ただし、イミダクロプリドは、排出ポンプにより脳外へ排出されることも判明している[20]。加えて、唾液中から検出される濃度のネオニコチノイドがタイトジャンクション関連タンパクを減少させ、歯肉上皮組織のバリア機能を低下させることが報告されている[17]。
基準値以下のネオニコチノイド系農薬でも、発達中で外来物質の影響を受けやすい胎児や小児の大脳への影響を懸念する意見もある。2013年、EFSAは、不確実性を考慮することを理由に基準値の引き下げを行った[20]。引き続き、ヒトがネオニコチノイドを摂取した際の影響については議論が続いているが、まだ結論に至っていない。
発達障害との関連について
[編集]2023年に発表された筑波大学による全国調査の論文では、ネオニコチノイドと発達障害の関連について否定的な結果を示した[21]。この論文では、大規模な前向きコホート研究をもとに、妊娠中の母親の尿中ネオニコチノイド濃度と、生まれた子供(~4歳)のJ-ASQ-3(発達スクリーニング検査)スコアとの間に、統計的に有意な関連は見られないと結論づけている[21]。
一方、2025年に発表された中国・深圳の研究では、未就学児の尿中ネオニコチノイド濃度と行動発達の関連を調査し、イミダクロプリドやアセタミプリド代謝物濃度が高いほど、情緒症状や多動性のリスクが有意に増加する相関性があることを報告した[22]。これらの結果の差異は、尿中バイオマーカーの限界や代謝物の測定、ここの児童の遺伝的感受性の影響だと考えられている[21]。
生態系への影響
[編集]ネオニコチノイドの最大の特徴かつ環境リスクの根源となっているのが、「浸透移行性(全身移行性)」である。 種子処理(種子コーティング)や土壌処理(粒剤散布)として施用されると、有効成分は植物の根から吸収され、道管を通じて茎、葉、花、そして花粉や花蜜に至るまで、植物体全体に行き渡る[23]。これにより、植物自体が殺虫成分を持つようになり、長期間(数週間から数ヶ月)にわたりアブラムシやカメムシなどの吸汁性害虫から作物を保護することが可能となる。
しかし、この特性は同時に、害虫だけでなく、非標的生物である花粉や花蜜を利用するミツバチなどの送粉者(ポリネーター)が、意図せず農薬に曝露される経路となる。また、植物に吸収される有効成分は施用量の数%〜20%程度に過ぎず、残りの大半(80%以上とも言われる)は土壌に残留するか、水溶性が高いために降雨によって河川や湖沼へ流出する[24]。
こうした残効の長さが水棲昆虫や水生昆虫を食糧にしている生物に影響を与え、生物多様性などの環境に影響を与える可能性も指摘されている[2][25]。
蜂群崩壊症候群との関係
[編集]1990年代初めから、フランスなど欧州の一部でミツバチの大量死・大量失踪が報告される。2006年頃からはアメリカでも爆発的に報告され、当時出版されたノンフィクション作品や関連する環境団体のレポーよると、2007年春までに北半球から4分の1のハチが消えたとされている[26]。ミツバチ大量死は、2010年時点でカナダやアメリカ合衆国、中華人民共和国、中華民国、インド、ウルグアイ、ブラジル、オーストラリア、そして日本など、全世界的な広がりを見せている[27]。
この「蜂群崩壊症候群」(Colony Collapse Disorder, CCD) の原因がネオニコチノイド系農薬という仮説が持ち上がった。
2006年頃のアメリカでの蜂群崩壊症候群については、科学的に調査が行われている。この調査では、原因は単一ではなく、ダニ(ヘギイタダニ)、ウイルス(チヂレバネウイルス等)、栄養不足、生息地減少、そして農薬曝露の「複合要因」と報告されている[28]。また、2016年、日本の農林水産省は「日本において典型的なCCDの事例は確認されていない」としている[29]。ネオニコチノイド系農薬がCCDの主因ではないものの、環境への影響への注視が継続されている。
なお、同じネオニコチノイド系農薬でも、ミツバチに対する毒性は、製品により異なることも知られている[30][31]。クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム、ジノテフランは、ミツバチへの急性毒性が特に高いのに対して、アセタミプリド、チアクロプリドは、ハチに対する毒性が低い[32]。
水界生態系への影響
[編集]2019年、Science 誌に掲載された山室真澄らによる論文において、島根県の宍道湖でのネオニコチノイドの間接的な生態系影響を評価した[33][25]。
島根県の宍道湖において、1993年のネオニコチノイド系農薬(イミダクロプリド)の使用開始と同時期に、動物プランクトンの83%減少や餌生物であるオオユスリカ幼虫の完全消失、それに伴うニホンウナギやワカサギ等の漁獲量の崩壊(90%以上減少)が観測された。この事象は、農薬が魚類に直接毒性を示すのではなく、餌となる小型の水生生物(オオユスリカ幼虫、キスイケナガミジンコ)を死滅させたことによる間接的な生態系への影響であることが解明されており、水質変化などの他要因ではこの急激な変化を説明できないことが確認されている。ネオニコチノイドの水系流出が生態系を破壊し、結果として甚大な経済的損失をもたらした因果関係が強く示している。
さらに追加の検証において、プランクトン依存度の低い魚種(シラウオ等)への影響が限定的であったこと、湖底堆積物からはネオニコチノイドが検出されたことから、この仮説を支持するものとなっている。
一方、この研究に対して、農薬メーカーや一部の論者は「相関関係に過ぎず、因果関係ではない」「水温上昇や富栄養化の影響ではないか」との反論を行っている[34]。
元米国食品医薬品局(FDA)のヘンリー・ミラーは、この研究で示されている動物プランクトンの減少はネオニコチノイド系農薬が発売された1993年より10年以上前から長期的に続く傾向であったこと、過去の湖水中のネオニコ濃度を実測しておらず代わりに県全体の「販売量」を代用データとして用いていること、2018年4月に発表された「宍道湖水におけるネオニコチノイド濃度の予備的報告」では、宍道湖内3地点のうち2点では検出されず1点では慢性毒性濃度である0.035㎍/l以下であり[35]、生態系に甚大な被害を与えるとされるレベルには達していなかったとして、論文に不備があると批判している[36]。
この他にも、2019年の石川県立大学の上田哲行と宮城大学の神宮字寛の調査によれば、ネオニコチノイド系殺虫薬を使用した水田では、アキアカネの羽化が従来の30パーセントほどに減少したと指摘されている[37][38]。
各国の状況
[編集]EU
[編集]欧州連合(EU)の専門機関であるEFSAは、世界で最も厳格かつ包括的なリスク評価を行っている。
2013年12月、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3種に対し、開花期の作物への使用禁止をする部分的制限を行った。
2018年、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3種に対し、1500以上の文献を調査するメタアナリシスを行い、野生ハチ(マルハナバチ等)へのリスクを確認[39]。屋外での使用を全面禁止とした(温室利用のみ許可)[40]。EFSAの2018年評価における重要なポイントは、リスクが「花粉・花蜜」だけでなく、「土壌残留」や「粉塵」など多岐にわたる経路で確認された点である。
2020年8月、上記の農薬の代替物として使用されていたチアクロプリドについても、地下水汚染への懸念および生殖毒性のリスクが認定され承認が取り消された。
2025年、アセタミプリドに関する新たな規則が採択され、輸入食品に含まれる残留基準が引き下げられた[41] 。
フランス
[編集]フランスは、ネオニコチノイド系農薬の使用規制に最も熱心な国家である。1994年にイミダクロプリドによる種子処理(種子のコーティング)が導入された後に、ミツバチ大量死事件が発生していた。そこで1999年1月に、予防措置として、イミダクロプリドによるヒマワリ種子処理を全国的に一時停止し、原因究明調査に着手した。
そのような中で2002年に、ミツバチ全滅事件が発生した。フランス農業省の委託を受けた毒性調査委員会は、2003年にイミダクロプリドの種子処理によるミツバチへの危険性を警告する報告書をまとめた。これを受けて、2004年に農業省は、イミダクロプリドを活性成分とするネオニコチノイド系農薬ゴーシュの許可を取り消し、イミダクロプリドによるトウモロコシの種子処理も禁止した。そして2006年4月に、最高裁の判決を受け、ネオニコチノイド系農薬ゴーシュ(イミダクロプリド)を正式に使用禁止とした。
2014年~2016年の調査では、子供と成人の尿中からアセタミプリド代謝物が頻繁に検出された[42]。
2016年7月にフランス国民議会は、ネオニコチノイド系農薬の使用禁止を盛り込んだ生物多様性法を可決した。2018年9月からネオニコチノイド剤は一部の例外を除き使用禁止され、2020年7月からは例外使用規定が廃止され、全面禁止された[43]。
オランダ
[編集]2000年に、イミダクロプリドを開放系栽培での使用を禁止した。
デンマーク
[編集]2000年、イミダクロプリドの新規販売を禁止した。
ドイツ
[編集]ネオニコチノイド系農薬のクロチアニジンが広く市場に出回るようになると、ハチの大量死・大量失踪が発生したと、2006年に初めて報告された。翌2007年から2008年にかけて被害がさらに深刻化、2008年、ドイツ連邦消費者保護・安全局 (BVL) は、イミダクロプリドとクロチアニジンの認可を取り消し、ネオニコチノイド系農薬7種類の販売を禁止した。ドイツではアセタミプリドは禁止されておらず、特定の条件下での制限はありますが、屋外での使用が広く認められている。
イタリア
[編集]2008年に、農水省がイミダクロプリドやクロチアニジンによる種子コーティング処理を禁止した。
アメリカ合衆国
[編集]2015年に、アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)は、新規の屋外用ネオニコチノイド系農薬(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム、ジノテフラン)について、新たなミツバチ関連データやリスク評価が完了するまで承認しない可能性が高い旨を通知した[44]。また、大豆の種子処理に生産量増加に寄与していないことから、制限的な見解を示している[44]。EPAはリスク・ベネフィットを考慮し、ネオニコチノイド系農薬の全面禁止には至っていない[44]。
日本
[編集]日本では、ネオニコチノイド系農薬のイミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム、ジノテフラン、ニテンピラム、アセタミプリド及びチアクロプリドの7種が使用可能である[45]。これらの化学物質の国内総出荷量は2022年には337.9トンと推定されている[46]。
日本はEUと比較し、ネオニコチノイド農薬の全粒基準値が高く設定されている。例えば、アセタミプリドについては、EUの基準値が0.05ppmに対し、日本の基準値が30ppmである。日本は温暖湿潤かつウンカ、アザミウマ等が発生しやすいという背景もある。このため、日本国内では合法でも、EU等の基準を超過してしまうため、そのままでは輸出できないケースが多発している[47]。
また、EUでは承認されていないジノテフランが大量に使用されているのも特徴的である。これは、米につくカメムシ駆除を目的としている。日本では米の等級検査が厳しく、カメムシ類が米粒に吸い付くことで生じる斑点米が一定数含まれると、買取価格が低下するから多用されている[48]。東京都が行っている国内産野菜・果実類中の残留農薬実態調査(2016年)でも、ネオニコチノイド系が増加しており、特にジノテフランの頻度が高いと報告されている[49]。このように、見た目の検査基準を守るために、環境負荷の高い農薬が空中散布等で大量に使われているという構造的な矛盾が存在する。
また、日本では水田が多いため、河川での残留ネオニコチノイド系農薬が問題となっている。2014年、北海道を中心とする北日本で、ミツバチ大量死が多発しており、水田でカメムシ対策に使われているネオニコチノイド系殺虫剤が原因の一部ではないかとの結論を、畜産草地研究所が出している[50]。2014年4月からの1年間、神奈川県で行われた調査によれば[51]、河川の水からは水田での[52]薬剤使用量が増加する6月から7月の検出濃度が上がり、上水道からは河川水とほぼ変わらない濃度で検出されたと報告されている[51]。全国各地の河川調査において、ジノテフランが福井県の調査では最大270 ng/L、岐阜県では最大239 ng/Lが検出されている。これらは稲作における育苗箱処理や水田への直接散布が主因と考えられている[53]。2016年~2020年に筑波と柏で行われた調査では、アセタミプリドとチアクロプリドが高頻度で検出されており、2024年8月には、総濃度として最大1.72 ng/Lが記録されている[46]。
日本ではネオニコチノイド農薬の基準が緩和されている。2015年5月19日に厚生労働省は、ネオニコチノイド系農薬の食品残留基準を緩和した[54][55][56]。海外から輸入される農産物に農薬が使われている場合、日本の基準が一律0.01ppmのままだと輸入できなくなるため、国際的なコーデックス基準に合わせて数値を引き上げた[54]。2016年6月、同様にコーデックス基準に合わせる形で、チアメトキサムの基準も緩和された[57]。2019年1月、厚生労働省はこれまで特定の基準が存在しなかったスルホキサフロル(商品名:イスクラスト)などの残留基準値を告示した。以前は一律基準で0.01ppmという非常に厳しい数値が適用されていたが、日本での農薬登録・使用を認めるにあたり、作物ごとに高い残留基準値が新たに設定された[58]。
ミツバチによる受粉が、結実に必要なリンゴやウメの果樹栽培を行っている地域を中心に、一部の農業協同組合(JA)や地方公共団体には、開花期のネオニコチノイド系殺虫剤散布の自粛を農家に呼びかけている地域も出てきた。なお日本では、欧州食品安全機関でミツバチに影響があると公表された「ネオニコチノイド系農薬を種子表面に付着させる」コーティング処理は行っていない[45]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ↑ Simon-Delso, N., et al.「Systemic insecticides (neonicotinoids and fipronil): trends, uses, mode of action and metabolites」『Environmental Science and Pollution Research』第22巻、2015年、5-34頁。
- 1 2 「ウナギやワカサギの減少の一因として殺虫剤が浮上-島根県の宍道湖でネオニコチノイド使用開始と同時にウナギ漁獲量が激減-」産業技術総合研究所(2019年11月1日)2019年11月19日閲覧
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関連項目
[編集]製造販売企業
外部リンク
[編集]- 下村勝、「ネオニコチノイド系殺虫剤の選択性に関する分子機構の解明」『Journal of Pesticide Science』 2005年 30巻 3号 p.239-245, doi:10.1584/jpestics.30.239, 日本農薬学会
- 農林水産省-農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組(2016.11月改訂)
- ネオニコチノイド系殺虫剤の話
- 世界のネオニコチノイド系農薬規制から見える日本の課題
- ミツバチによるポリネーションの現状とネオニコチノイド農薬の影響