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入口の混雑度で、大学の価値は決まらない——「低選抜大学」への学問支援を実証と規範から擁護する



要旨

本稿は、俗に「Fランク」と呼ばれる入試選抜性の低い大学(以下「低選抜大学」)への公的な学問支援が正当化されうるか、という問いを扱う。本稿が擁護する命題は次のものである。

入試選抜性は、教育の価値付加や社会的純便益を直接測る指標ではない。したがって、選抜性が低いことを理由に、そこで学ぶ人・教える人・研究する人、およびそこで維持されている知的機能を、公的支援の対象から一律に除外することは正当化できない。支援の有無と方法は、教育の価値付加、研究・地域機能、費用、代替進路、学生への影響を比較して判断されるべきである。

あらかじめ区別しておくべきことがある。「大学への支援」には少なくとも三つの層がある。第一に、学生が学ぶ機会への支援。第二に、教育・研究・地域機能への支援。第三に、特定の学校法人の存続への支援である。本稿が直接擁護するのは第一と第二への参加資格であり、第三の無条件保障ではない。また、本稿は「低選抜大学への機関補助を現在より一般的に増額することが他の政策より効率的である」という、より強い命題を証明するものでもない。その判断には、日本のデータによる価値付加の検証と、代替政策との費用便益比較が別途必要である。

以下、(1)選抜性指標の性質、(2)限界的学生への大学教育の因果効果に関する米国の準実験研究、(3)代替進路との比較、(4)日本および英国のエビデンス、(5)機会の公正をめぐる規範的根拠、(6)シグナリング・費用・少子化・財政という主要な反論への応答の順に検討し、最後に政策の設計原則と、支援縮小が正当化される条件を示す。


1 はじめに——「何を支えるのか」を分解する

「大学を支える」という言葉には、異なる対象が混在している。学生が学ぶ機会を支えること、教員が教育を行う条件を支えること、研究者が探究を続ける基盤を支えること、そして学校法人という組織体を存続させることである。これらは論理的に独立であり、政策的にも切り離せる。ある大学法人が経営に失敗し、統合や撤退が必要になったとしても、在学生の学習機会、取得単位、研究資料、教員の教育機能まで一緒に消滅させる必然性はない。学生への給付、他大学への転学保証、教育課程の承継、研究データや図書館資源の保存という形で、法人以外への支援は続けられる。本稿の第一原則は「法人ではなく、人と機能を支える」である。

その上で、ある大学(正確には学部・課程)への支援が社会的に見合うかどうかは、教育による価値付加、研究・地域・公共人材などへの外部効果、必要な費用、学生にとっての現実的な代替進路、そして便益と負担が誰に帰着するかを総合して判断するほかない。入試選抜性は、これらのいずれかを予測する説明変数の一つにはなりうるが、これらを直接測る指標ではない。この点を、まず指標の定義から確認する。


2 「Fランク」という指標は何を測っているか

「Fランク」という俗称のもとになった河合塾の「BF(ボーダーフリー)」は、前年度入試で不合格者が少ないなどの理由で、合格可能性50%となる偏差値帯(ボーダーライン)を設定できない場合に付される区分である。この区分は大学全体ではなく学部・学科・入試方式ごとに付されるものであり、河合塾自身も、入試難易度のランキングは教育内容や社会的位置づけを示すものではないと説明している[1]。

つまりBFが示すのは、当該入試において50%合格ラインを設定できるほどの選抜が生じていたかどうか、言い換えれば入試時点の選抜圧である。選抜圧は、志願者数、募集定員、所在地、学費、知名度、地域の18歳人口、入試方式、受験生の志望行動などに依存して決まる。それは、教育によって学生がどれだけ成長したか(価値付加)とも、卒業後にどのような役割を果たしたかとも、そこでどのような研究や知識保存が行われたかとも、別の量である。選抜性は学生構成やピア効果、資源を通じて成果と関係しうるため無情報ではないが、少なくとも選抜性を教育の価値付加と同一視することはできない。本稿のタイトルにいう「入口の混雑度」は、この選抜圧を指す比喩として用いる。

人口動態はこの点を際立たせる。日本私立学校振興・共済事業団の2025年度調査によれば、私立大学594校のうち316校(53.2%)が入学定員未充足であった。前年度(59.2%)から改善した背景としては、22年ぶりの入学定員減少と18歳人口の一時的増加が指摘されている[2]。他の条件が同じなら、地域の18歳人口の減少は志願者数と選抜圧を押し下げうる。文部科学省の検討会議の推計では、大学進学者数は2021年の約62.7万人から2040年には約46万人へ、およそ27%減少する[3]。今後、教育の質と関わりなく「低選抜化」する大学・学部が構造的に増えることは避けがたい。

さらに、選抜性を補助の基準にすることには誘因設計上の問題がある。低選抜を理由に補助を減らす制度の下では、大学は教育を改善するよりも、定員を絞って受験生を落とすことで評価を高められる。教育機会を拡張した大学が不利になり、選抜を強めた大学が有利になる配分は、教育政策の目的と整合しない。


3 卒業後所得と価値付加は別物である

大学評価で最も頻繁に生じる誤りは、卒業生の平均所得をそのまま大学の教育力と見なすことである。卒業後所得には、入学以前から存在した学生間の差と、在学中に大学が加えた差が混在している。前者を除かずに大学間を比較すれば、入学者の選抜による差を教育効果として数えてしまう。高選抜大学の学生は入学以前から学力・家計・情報・人的ネットワークに恵まれていることが多く、卒業後所得が高くてもそのすべてを大学が生み出したとは限らない。逆に、低選抜大学の卒業生の所得水準が相対的に低くても、進学しなかった場合の反実仮想と比べれば改善している可能性がある。

したがって政策上の問いは「低選抜大学の卒業生は難関大学の卒業生より稼ぐか」ではなく、「同じ人が、その大学に入れた場合と入れなかった場合とで何が変わるか」である。この問いに接近する研究が、2010年代以降、入学基準の境界を利用した回帰不連続デザイン(RD)などによって蓄積されてきた。


4 米国の準実験研究——限界的学生への大学教育に正の効果

4.1 フロリダ国際大学:Zimmerman (2014)

Zimmermanは、フロリダ国際大学(州立大学システムの中で最も選抜性の低い大規模公立大学)の入学資格GPA基準を利用し、基準近傍で観察可能な属性が連続している学生同士を比較した。基準をわずかに超えて入学資格を得た学力的に限界的な学生は、高校卒業後8〜14年の時点で所得が約22%高く、この利得は大学費用を上回り、男子学生や給食費免除対象者(低所得層)で大きかった[4]。四年制大学教育1年あたりの収益率は約8.7%と推定され、フロリダの高校生全体の平均的な収益率とほぼ同水準であった。少なくともこの設定では、「学力的に限界的な学生には大学教育の効果が薄い」という通念は成立していない。

4.2 テキサス州の35公立大学:Mountjoy (2026)

より広い制度範囲を扱うのが、Quarterly Journal of Economics に掲載されたMountjoyの研究である[5]。テキサス州の全35公立四年制大学の入学基準を横断的に利用し、基準をわずかに上回った学生と下回った学生を比較した結果、限界的に合格した学生は四年制大学教育を約1年多く受け、学士号取得率が約12ポイント上昇し、長期的な所得は約8%増加した。推定された内部収益率は、学生本人にとって26%、社会全体で16%、政府財政にとっても7%であった。

政策的に重要な結果が二つある。第一に、大学の選抜性と、限界的学生が得た因果的な所得増加との間に、系統的な関係はほとんど見られなかった。卒業生の平均所得を大学の価値付加と見なす従来型の指標は、因果的価値付加を約2倍に、選抜性と価値付加の相関を約3倍に過大評価していた。第二に、マージン別の分析からは、「より選抜的な大学に行けるか」の境界にいた学生よりも、不合格なら四年制大学へのアクセス自体を失っていた学生において、効果が大きいことが示唆された。大学教育の限界便益の多くは、序列を一段上がることではなく、高等教育への入口を失わずに済むことから生じていた可能性がある。

これらは米国の特定の公立大学制度と入学境界における局所的平均処置効果(LATE)であり、数値を日本の私立大学へそのまま外挿することはできない。学費水準、労働市場、入試制度が異なるからである。ただし、これらの結果は、限界的な学生への大学教育を一律に無効とみなす前提とは両立しない。日本については、日本のデータによる同種の検証が必要である——これが正確な結論である。


5 代替進路との比較——大学が常に最善とは限らない

大学進学が常に最善の選択肢になるわけではない。Mountjoy (2022) は、米国の二年制コミュニティ・カレッジへのアクセス拡大の効果を、「民主化」——進学しなければ高等教育を受けなかった層の取り込み——と「転流」——本来なら四年制大学へ直接進学していた層の誘導——の二つの因果マージンに分解した。前者には有意な正の価値付加が確認された一方、四年制から二年制へ転流した学生には負の効果が生じていた[6]。民主化と転流の区別自体は、Rouse (1995) 以来の古典的論点である[7]。

ここから導かれるのは、教育機関の価値はそれ単独では決まらず、その人にとっての次善の選択肢との比較で決まる、という原則である。低選抜大学に進学しなければ別の大学に行った人、専門学校に行った人、安定就職した人、無業になった人では、同じ大学の効果は異なる。この結果は、進学率それ自体を目標にするのではなく、大学、短期高等教育、専門職教育、職業訓練、就業の間の適切なマッチングと移行のしやすさを支援する必要を示している。本稿の擁護は、この条件つきのものである。

6 日本と英国のエビデンス——平均は正、しかし分散が大きい

6.1 日本

一卵性双生児の比較により共有された遺伝的・家庭的要因の影響を抑えた中室・乾の研究は、教育年数1年あたりの賃金収益率をおよそ10%と推定している[8]。双子比較は個人固有の能力差まで統制するものではなく、大学ランク別の分析でもないが、「高学歴者の所得が高いのは生来の能力の反映にすぎない」という説明では足りないことを示す。

低偏差値の私立大学を直接扱った研究として、島(2018)がある。この研究は、低偏差値ランクの私立大学群について平均約5%の教育投資収益率を推計するとともに、地方に立地するベネッセ偏差値45未満の一私立大学・一社会科学系学部を対象に、主として男子卒業生の就職先の業種・企業規模から期待賃金を推計した。その結果、期待収益率は平均約4%・中央値約5%で、約3分の2がプラスとなる一方、約3分の1については、採用された仮定と期待賃金に基づく推計上、収益率がプラスにならなかった[9]。実際の生涯所得を追跡した研究ではなく、一大学・一学部の事例であるため、日本の低選抜大学全体の効果や、個人が実際に損失を被る確率をここから推定することはできない。この研究から言えるのは、低選抜私大の金銭的収益を一律にゼロと仮定することはできない、という点までである。

6.2 英国

英国では、税務記録と教育記録を接続したデータ(LEO)を用いて、主としてイングランドの学生について、事前の学力や家庭背景を統制した学位の生涯収益が推計されている。IFS(財政研究所)の2020年の推計では、割引現在価値ベースで男性平均約13万ポンド、女性平均約10万ポンドの純利得があり、約8割の学生にとって進学は金銭的にプラスとなる一方、約2割は進学しなかった方が金銭的には良かったと見積もられた[10]。非実験的推計であり、観察されない能力や選好を完全には統制できない点には留意が要る。2026年の更新推計は、追加7年分の実所得データを反映した結果、平均的な個人純収益を先行推計より約3割下方修正した[11]。なお、2020年推計を基礎として健康・幸福度などの非金銭的便益を加えた2025年の別研究(LSE)は、平均的な入学者の生涯総リターンを約15万ポンド、入学マージンに近い学生(低選抜の約40大学の在籍者を代理指標とする)でも約8万ポンドと見積もっているが、これは2026年の下方修正を反映しておらず、数値は変わりうる[12]。

日英の証拠から引き出せる含意は二つある。第一に、限界的な学生を多く受け入れる大学に通った学生は、金銭ベースの生涯総リターンで測った収益はプラスである可能性は十分にある。第二に分散が大きいために、全学生の平均がプラスでも、収益がマイナスになる層が2〜3割程度存在しうる。この分散があるからこそ、「利益が期待できるのだから自己責任で借金すればいい」という制度は成り立たない。個人レベルで見るなら、教育投資は、失敗しても人的資本を売却して元本を回収するわけにもいかず、将来所得も不確実である。しかし社会レベルでは教育投資のリターンは大きく、広い領域にわたる。教育のコストを個人にのみ負担させると、社会的に適切なレベルよりも過小投資に陥る。求められるのは、給付型支援、所得連動型返済、修了支援といった社会的なリスク分担である。


7 機会の公正——支援を高選抜層に限定することの分配的帰結

OECDの2025年版報告によれば、日本では親が高等教育を受けている25〜34歳の72%が高等教育資格を得ているのに対し、親の最終学歴が後期中等教育等の場合は43%にとどまる。29ポイントの差はOECD平均(約25ポイント)より大きい[13]。高等教育への到達は、依然として世代間で強く偏っている。

この状況で公的資源を高選抜大学だけに集中させれば、家庭の教育資源が高い入試成績を生み、高い入試成績が手厚い公的資源を呼び込み、それが次世代の教育資源になる、という循環を政策が補強しかねない。高選抜大学の学生も当然支援されるべきだが、過去に多くの教育資源を得た人ほど未来の教育資源も多く得るという配分だけでは、公的支援は既存の格差を再生産する側に立つ。

本稿の規範的根拠は、網羅的な理論の列挙ではなく、次の二点に絞られる。第一に、入試成績は本人の努力や潜在能力だけでなく、それまでに受けた教育、家庭の所得、親の学歴、地域の教育環境、病気や障害、ケア責任、情報アクセスの影響を受ける。したがって、入試成績だけを支援資格の十分条件または排除条件にすることは、機会の公正に反しうる。第二に、支援の是非は、社会的純便益と現実的な代替策との比較によって決めるべきであり、選抜性はその代理にならない(第2〜4節)。なお、機会の公正を重視する立場からは、大学段階への追加投入より初等中等教育への投入が優先される場合もありうる。本稿の主張は「低選抜層を大学段階の支援から一律に除外する根拠はない」であって、教育段階間の最適配分まで確定するものではない。

実際、大学の社会的価値が「誰に入口を開いているか」に依存することを示唆する記述的証拠もある。米国の税務・教育接続データを用いたChettyらの研究では、社会移動率を「低所得層の受け入れ率×卒業後の上方移動率」で測ると、最難関私立大学よりも中位の公立大学群の方が高い例が多数観察される[14]。因果効果の推定ではないが、卒業生一人当たりの成功だけを見る評価が何を取り落とすかを示している。

日本でも2020年に高等教育の修学支援新制度(給付型奨学金と授業料等減免)が創設され、2025年度からは多子世帯について、所得制限なしで国の定める上限額までの授業料・入学金減免へと拡充された(資産要件および対象機関の要件がある)[15]。支援が法人ではなく学生個人に紐づき、要件を満たす幅広い大学・専門学校で使える設計であることは、本稿の第一原則と整合的である。同時に、出席率・修得単位・成績に関する学業要件と、教育体制・財務・情報公開に関する機関要件が課されており、無条件給付ではない点も確認しておきたい。


8 所得以外の便益

高等教育を受けた日本の成人は、後期中等教育等までの成人より、OECD成人技能調査の読解力得点で平均33点高い[13]。因果効果そのものではないが、高等教育歴が所得だけでなく情報処理技能と関連することを示す。

高等教育の便益には、看護師が研究結果を読む、教師が統計を誤読しない、自治体職員が政策評価を行う、市民が医療情報や政治的主張を吟味するといった、専門知識を職場や市民生活で理解し利用できる人を増やすことも含まれうる。こうした便益は最先端の知識生産とは別の経路であり、両者は補完関係にある。ただし、この種の外部効果の大きさは本稿の引用研究から直接には推定できない。ここでは、高等教育政策の目的関数に、分布の最上端の強化だけでなく、平均的な理解力の底上げが含まれうる、という限定的な指摘にとどめる。


9 研究費配分——名声への集中は効率性の証明を欠く

研究資金には大型設備や長期チームを要する分野があり、一定の集中は不可欠である。しかし、追加的な研究費をすべて現在最も有名な大学へ振り向けるべきだ、という結論はそこからは出ない。研究の価値には不確実性があり、名声と資源には、過去の名声が研究費と人材を呼び、それが成果とさらなる名声を生むという循環があるため、有名大学の成果が多いという観察だけでは、配分の効率性を判定できない。

研究者単位の実証としては、カナダの自然科学系助成を分析したFortin & Currie (2013) が、研究費と論文・引用等の関係は正だが弱く、大型助成の保有者ほど1ドルあたりの成果が低いことを報告している[16]。日本の生命科学・医学分野の科研費を分析したOhniwaら (2023) も、研究者一人当たり年間500万円未満の小規模助成や、実績上位者以外にも広く配る種目の方が、投資額あたりでは新興研究テーマの創出効率が高いと報告している[17]。いずれも研究者・研究費単位の分析であって、大学ランク間の基盤的経費配分を直接比較したものではない。したがってここから言えるのは、少なくとも、研究費集中の限界便益を検証しないまま、名声だけで追加配分を正当化することには疑問がある、という点である。大型施設への集中投資と、広範な基盤的研究費・小規模探索助成・設備データの共同利用とを組み合わせる配分が、検討に値する。


10 地域機能——存在効果論にも無価値論にも与しない

文部科学省の検討会議のまとめは、私立大学が学部学生の約8割を教育し、エッセンシャルワーカーや産業人材の育成、研究、地域創生を担うとして基盤的経費を含む支援を掲げる一方、機能や成果に応じた重点化、再編・統合、質を担保できない大学の円滑な撤退も同時に求めている[3]。これは政策当局の認識を示す資料であり、私立大学の社会的効果を独立に実証したものではないが、支援と再編を二者択一にしない枠組みとして参照できる。

実証面では、日本の小規模・非研究型私立大学の地域経済効果を1955〜2015年の都道府県パネルで検証したYanagiura & Tateishi (2024) が、大学数増加と一人当たり県内総生産の正の関係は主に高度成長期に強く、その後は弱まり、地域の人的資本やイノベーションへの持続的効果は確認されず、効果は一時的な資本投資の刺激にとどまったと報告している[18]。低選抜大学を直接定義して比較した研究ではないが、大学が存在するだけで持続的な地域効果を生むという想定を支持しない結果である。

ここから導かれるのは、大学の存在そのものではなく機能を問え、という結論である。地域効果を支援の根拠にするなら、看護・保育・教育・福祉など地域需要に対応した人材育成、地元就職への接続、自治体・病院・中小企業との共同事業、社会人の学び直し、図書館・研究設備の共有といった機能を具体的に設計し、検証する必要がある。


11 反論への応答

11.1 「結局シグナリングではないか」

学位取得者の高所得が能力形成の結果ではなく、もともとの能力を雇用主に示す証明として機能しただけなら、私的利益の相当部分は社会的利益ではない。全員がより高い学位を取る競争になれば資格インフレという損失も生じる。第4節・第6節の研究も、賃金上昇を人的資本形成とシグナリングに完全には分解できておらず、賃金を生産性と見なせば社会的収益を過大に見積もる可能性がある。

この反論は正当である。ただし、そこから導かれるのは低選抜大学への支援停止ではなく、学位の発行ではなく実際の学習と能力形成に支援を結びつけよ、という設計上の要請である。入学前後の学習成果測定、卒業要件の実質化、資格試験や実習との接続、成績評価の監査、学習到達度の追跡、大学以外の資格・職業教育との相互移行がその内容になる。付け加えれば、シグナリング仮説が正しいほど、入口の順位(選抜性)に補助を結びつける根拠は弱くなり、出口の実質(学習成果)に結びつける根拠が相対的に強くなる。広い入口、厳格な到達基準、十分な学習支援という組み合わせは、この要請への応答である。

11.2 「学力の低い学生への教育は費用がかかりすぎる」

学習支援、少人数指導、基礎教育、生活支援が必要なら一人当たり費用は高くなりうる。しかし、費用が高いことと費用便益が負であることは別である。Mountjoy (2026) の推計では、限界的学生への公立大学教育は政府財政にとっても7%の内部収益率を持っていた[5]。また、学習困難の原因の一部が本人以前の教育制度や家庭環境にあるなら、その修復費用を、最後に学生を受け入れた大学だけの非効率として扱うのは公正でない。

評価設計の面では、卒業生の生の平均で大学を序列化すると、教育しやすい学生だけを選ぶ誘因が生じる。退院者の健康度だけで病院を評価すれば重症患者を拒む病院が高評価になるのと同じ構造である。必要なのは入学時点の学生特性を調整した価値付加評価であり、同時に、単一指標の機械的運用は指標対策を招くため、学習成果、修了率、学生債務、就業、資格、学生構成、地域機能を組み合わせた複数指標と定性的審査・監査の併用が要る。

11.3 「少子化なのだから全大学は残せない」

そのとおりであり、本稿も全法人の存続を主張しない。進学者数の大幅な減少見通し[3]の下で、統合・再編・撤退は避けられない。ただし大学の撤退は通常の店舗閉鎖と異なる。学生は取得単位、資格課程、学籍記録、奨学金、居住、就職活動、卒業資格を数年間にわたり大学に預けている。撤退には、在学生の卒業までの教育保証、単位互換と転学保証、学籍・研究データの保存、通学・転居費支援、教育課程の承継、地域の高等教育アクセスの代替が伴う必要がある。統合、共同運営、オンライン科目共有、大学間コンソーシアム、短期高等教育への転換、社会人教育拠点化など、法人を残さずに機能を残す経路は複数ある。学問支援と組織救済の区別とは、この撤退設計を含めての区別である。

11.4 「日本の大学はすでに公費で守られすぎている」

OECDのEducation at a Glance 2025に掲載された2022年基準のデータによれば、日本の高等教育段階の政府支出は学生一人当たり購買力平価換算8,184ドルでOECD平均の15,102ドルを下回り、高等教育費に占める公財政の割合は日本37.5%に対しOECD平均67.4%である(高等教育支出には研究開発費を含むため、授業料支援額の単純比較ではない)[13]。国際比較だけで最適支出は決まらないが、少なくとも「日本の大学教育は公費で過剰に保護されている」という描像とは整合しない。

私学中心で家計負担の大きい制度の下では、期待収益の分散(第6節)や修了リスクが重なる学生も存在する。この条件で公費を一律に削減した場合、退出が教育の質の低い順に起こる保証はない。大学の退出は質だけでなく、立地、人口動態、家計制約、知名度にも左右されるからである。情報と資産を持つ家庭は別の選択肢へ移れるが、移動費や学費を負担できない学生は高等教育そのものから退出しうる。


12 政策の設計原則

低選抜大学への支援を正当化することと、無条件の機関補助を正当化することは違う。第1〜11節から導かれる設計原則は次のとおりである。

第一に、支援を学生個人に紐づけ、持ち運び可能にする。給付型奨学金、授業料減免、生活費支援、所得連動型返済、緊急給付である。収益の分散を踏まえれば、修了支援と返済保護の厚みが要る。

第二に、アクセスだけでなく修了を支える。基礎科目、個別指導、履修相談、メンタルヘルス、障害・育児支援、柔軟な時間割。入学させて授業料を徴収し、卒業できなければ本人の責任とする制度は支援と呼べない。

第三に、大学単位ではなく学部・課程単位で評価する。教育効果、資格取得、研究力、地域需要は学部ごとに異なる。

第四に、生の就職率や平均賃金ではなく、入学時背景を調整した価値付加と、就業安定・公共的役割を組み合わせて見る。低賃金でも社会的必要性の高い保育・教育・福祉・看護を平均賃金だけで低評価にしない。

第五に、研究費は大型施設への集中と、広範な基盤的経費・小規模探索助成・設備データ共有とを組み合わせる。

第六に、質を満たさない組織は退出させる。虚偽広告、著しく低い教育実態、不正な成績評価、継続的財務危機、学生保護の欠如があれば公的支援を停止し、統合・撤退を進める。ただしその際にも、11.3節の撤退設計によって学生を保護する。


13 支援の縮小が正当化される条件

どのような証拠があれば本稿の擁護が覆るかを明示しておく。基準は次の一つである。

ある教育課程への支援の社会的純便益が、学生の移行費用を含めて、現実的でアクセス可能な代替策(他大学への転学支援、専門職教育、職業訓練、就業支援など)の社会的純便益を継続的に下回ることが、信頼できる比較によって示された場合、その課程への支援の縮小・再設計・廃止は正当化される。

この比較の判断材料には、同質の学生の反実仮想と比べた学習・修了・就業・所得・健康・社会参加の変化、研究・地域・公共人材・知識保存等の外部効果、必要費用と機会費用、追加支援による改善可能性が含まれる。多少の便益があっても、同じ費用でより大きな便益を生む代替策が現実に利用可能なら、再設計は正当である。擁護側にだけ有利な立証基準を課すべきではない。

その上で確認すべきは、この判断を「BFだから」で代用できない、という点である。BFは上記の判断材料と統計的に相関する可能性まで否定できないが、いずれも直接には測っていない[1]。選抜性は精査のきっかけにはなりえても、支援可否の判定基準にはならない。


14 結論

本稿の主張を証拠の範囲に即してまとめる。第一に、入試選抜性は教育の価値付加を直接測る指標ではなく、人口動態によっても変動する。第二に、米国の特定の公立大学制度と入学境界においては、学力的に限界的な学生への大学教育に因果的な正の効果が確認されており、選抜性と因果的価値付加の関係は弱かった[4][5]。限界的学生への教育を一律に無効とみなす前提は維持できない。第三に、進学の効果は次善の選択肢との比較で決まり、比較を誤れば負の効果も生じうる[6]。第四に、日本と英国の証拠は、低選抜層を含む進学の平均収益が正でありうる一方、収益がマイナスになる層も無視できないことを示唆する[9][10]。だからこそ支援は、無条件補助ではなく、学生への給付・修了支援・リスク分担・価値付加評価・撤退設計という形をとるべきである。第五に、支援を高選抜層に限定する配分は、世代間の教育格差[13]を公費が追認することを意味する。

同時に、すべての大学・学部が同じ価値を持つわけではなく、すべての学生が金銭的に得をするわけでもなく、すべての法人を残す必要もなく、大学進学が万人に最善とも限らない。質保証と退出制度は必要である。しかしこれらの留保が支えるのは、支援の条件と設計を精密にせよという結論であって、低選抜であることを理由とする一律の除外ではない。

低選抜であることは、公的支援を拒む十分な理由にはならない。問うべきなのは、その教育課程が誰にどのような価値を加えているか、そしてそれが、現実的な代替策と比べて費用に見合うか、である。


参考文献

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[10] Britton, J., Dearden, L., van der Erve, L., & Waltmann, B. (2020). The Impact of Undergraduate Degrees on Lifetime Earnings. IFS Report R167. https://ifs.org.uk/publications/impact-undergraduate-degrees-lifetime-earnings

[11] Institute for Fiscal Studies (2026). New Estimates of the Impact of Undergraduate Degrees on Lifetime Earnings. https://ifs.org.uk/publications/new-estimates-impact-undergraduate-degrees-lifetime-earnings

[12] Frayman, D. (2025). The Full Returns to Higher Education in the UK. CEP Occasional Paper No. 71, London School of Economics. https://cep.lse.ac.uk/pubs/download/occasional/op071.pdf

[13] OECD (2025). Education at a Glance 2025: Japan Country Note. https://www.oecd.org/en/publications/education-at-a-glance-2025_1a3543e2-en/japan_8f0a8541-en.html

[14] Chetty, R., Friedman, J. N., Saez, E., Turner, N., & Yagan, D. (2017). Mobility Report Cards: The Role of Colleges in Intergenerational Mobility. Opportunity Insights. https://opportunityinsights.org/wp-content/uploads/2018/03/coll_mrc_summary.pdf

[15] 文部科学省「高等教育の修学支援新制度」(2020年度創設。2025年度より多子世帯について所得制限なく国の定める上限額まで授業料等を減免。資産要件・学業要件・機関要件あり). https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/hutankeigen/index.htm

[16] Fortin, J.-M., & Currie, D. J. (2013). Big Science vs. Little Science: How Scientific Impact Scales with Funding. PLOS ONE, 8(6), e65263. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0065263

[17] Ohniwa, R. L., Takeyasu, K., & Hibino, A. (2023). The Effectiveness of Japanese Public Funding to Generate Emerging Topics in Life Science and Medicine. PLOS ONE, 18(8), e0290077. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0290077

[18] Yanagiura, T., & Tateishi, S. (2024). Local Economic Impact of Small, Non-research Private Universities: Evidence from Japan. Economics of Education Review, 102, 102576. https://ideas.repec.org/a/eee/ecoedu/v102y2024ics0272775724000700.html


付記:本稿が引用する準実験研究の多くは特定国・特定制度における局所的因果効果の推定であり、日本の低選抜私立大学への適用には、学費、労働市場、入試制度の違いへの留意が必要である。研究ごとに、処置が「入学資格」「在学年数」「学位取得」のいずれであるかも異なる。数値・制度は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づく。

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