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  • なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ 666)

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なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ 666)

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千葉雅也氏、推薦!!

今、世界中で注目される哲学者マルクス・ガブリエル。その名を一躍有名にしたベストセラー、待望の邦訳!

20世紀後半に一世を風靡した「ポストモダン」と呼ばれる潮流以降、思想界には多くの人の注目を浴びるような動きは長らく不在だったと言わざるをえません。
そんな中、21世紀の哲学として俄然注目されているのが、新たな実在論の潮流です。中でもカンタン・メイヤスーは「思弁的実在論」を主張し、思想界をリードする存在になっています。それは「人間が不在であっても実在する世界」という問いを投げかけ、多くの議論を巻き起こしましたが、その背景にはグローバル化が進んで国家や個人の意味が失われつつある一方で、人工知能の劇的な発展を受けて「人間」の意味そのものが問われつつある状況があるでしょう。
こうした新たな問いを多くの人に知らしめたのが、本書にほかなりません。「新しい実在論」を説く著者ガブリエルは1980年生まれ。2009年に史上最年少でボン大学教授に就任したことも話題になりましたが、2013年に発表された本書がベストセラーになったことで、一躍、世界的スターになりました。
本書のタイトルにもなっている「なぜ世界は存在しないのか」という挑発的な問いを前にしたとき、何を思うでしょうか。世界が存在するのは当たり前? でも、そのとき言われる「世界」とは何を指しているのでしょう? 「構築主義」を標的に据えて展開される本書は、日常的な出来事、テレビ番組や映画の話など、豊富な具体例をまじえながら、一般の人に向けて書かれたものです。先行きが不安な現在だからこそ、少し足を止めて「世界」について考えてみることには、とても大きな意味があることでしょう。
「です、ます」調の親しみやすい日本語になった今注目の書を、ぜひ手にしてみてください!

【目次】
哲学を新たに考える
I これはそもそも何なのか、この世界とは?
II 存在するとはどのようなことか
III なぜ世界は存在しないのか
IV 自然科学の世界像
V 宗教の意味
VI 芸術の意味
VII エンドロール──テレビジョン

訳者あとがき

原註
用語集
作品名索引
人名索引
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出版社より

なぜ世界は
なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ 666)
「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学 (講談社選書メチエ 710)
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カスタマーレビュー
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世界を震撼させた哲学書––マルクス・ガブリエル三部作衝撃の第1作!! 現代世界の中で意味のある哲学とは何なのか? 大ヒット作『なぜ世界は存在しないのか』につづく驚愕の第2作! 脳研究や神経科学は精神を「物」と同一視し脳に還元する「誤った空想の産物」にすぎない! 「考える」とは見る、聞く、触る、味わうなどと同様の「感覚」である!哲学三部作堂々の完結篇!

商品の説明

メディア掲載レビューほか

新しい実在論

ポストモダン思想は強力だった。いや、過去形ではなく、現代もわれわれはその影響下にある。典型的なのは、絶対的な価値など存在しないという相対主義だろう。それが俗化すると、安倍政権への支持者も反対者もどっちもどっち、といった冷笑的態度になる。絶対的に正しいことなんてありはしない、と。

だが、ほんとうにそれでいいのか? 漠然とした不安と反発を感じていたところに登場したのがマルクス・ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』だ。著者は1980年生まれの哲学者。2009年にボン大学教授となり、ドイツでは最年少の哲学正教授として話題になったという。

キャッチーなタイトルで、映画やテレビドラマを具体例として挙げつつ、平易なことばで難解なテーマについて語る。読んでいるとなんとなくわかったような気持ちになってくる。売れている理由はそのへんにあるのか。

著者は「新しい実在論」なるものを唱える。ぼくらがいようといまいと、ぼくらとは関係なしに世界が存在すると考える形而上学。ぼくらそれぞれに、それぞれの世界があると考える構築主義(ポストモダン)。「新しい実在論」はそのどちらも否定する。まったく新しい異次元の考え方というよりも形而上学と構築主義のいいとこどりというかハイブリッドというべきか。

導入するのが「意味の場」という概念だ。存在する(つまり「ある」)ということは、何らかの意味の場のなかに現れることなのだという。

世界はあるのかないのか。ぼくが世界だと思っているここは、世界ではないのか。本書をもういちど読み直そう。

評者:永江朗

(週刊朝日 掲載)

著者について

1980年生まれ。哲学者。現在、ボン大学教授。後期シェリング研究をはじめ、古代哲学における懐疑主義からヴィトゲンシュタイン、ハイデガーに至る西洋哲学全般について、一般書も含めて多くの著作を執筆。「新しい実在論」を提唱して世界的に注目されている。主な著書は、本書のほか、An den Grenzen der Erkenntnistheorie (Karl Alber, 2008), Skeptizismus und Idealismus in der Antike (Suhrkamp, 2009), Die Erkenntnis der Welt (Karl Alber, 2012), Fields of Sense (Edinburgh University Press, 2015) など。スラヴォイ・ジジェクとの共著に、Mythology, Madness, and Laughter (Continuum, 2009)(日本語訳『神話・狂気・哄笑』、堀之内出版、2015年)がある。

1977年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程単位取得退学。主な訳書に、アレクサンダー・ガルシア・デュットマン『友愛と敵対』(共訳、月曜社、2002年)、ヤーコプ・タウベス『パウロの政治神学』(共訳、岩波書店、2010年)ほか。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社
  • 発売日 ‏ : ‎ 2018/1/13
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 本の長さ ‏ : ‎ 344ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4062586703
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4062586702
  • 商品の重量 ‏ : ‎ 360 g
  • 寸法 ‏ : ‎ 13 x 2 x 18.8 cm
  • シリーズの一部 ‏ : ‎ 講談社選書メチエ
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著者について

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マルクス・ガブリエル
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カスタマーレビュー

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お客様のご意見

お客様はこの本について、面白いと評価しています。分析哲学の今を感じさせてくれる一冊で、読み進む気を失せない内容だと感じています。また、世界の存在しないという考えや、宇宙全体が断片のひとつにすぎないという指摘もあります。一方で、内容が一部のお客様には不満を抱いています。分析哲学の今を感じさせる内容であり、新しい実在論に言及している点も好評です。言語論と主体なるものの意識の説明が少ないという指摘があります。意味の場の意味が良く分からないという意見もあります。
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9人のお客様が面白さに言及し、8人が肯定的、1人が否定的です
お客様はこの書籍について、とても面白いと評価しています。楽しい読書で、読み進む気を失せない内容だと感じています。宇宙は世界全体の断片のひとつであり、世界全体が存在しないという考え方を示しているようです。また、解説も興味深いものがあり、目から鱗が多くあると指摘されています。
...新しい実在論は、今の時代に必要で、有益な考え方だと思いました。 とても、おもしろかったですもっと読む
...構築主義批判はスリリングで、非常に興味深い。 読む時は、P311の用語集を常に参照することをお勧めしたい。理解が深まります。もっと読む
...いまさら読んだが、これからの世の中、科学、人間を考える上でとても面白いもっと読む
...内容は理解しやすい平易な記述、前向きで かつ、無難。 ベストセラーになったことも納得の、楽しい読書でした。 世界は存在しない という、とらえかた。...もっと読む
20人のお客様が内容に言及し、11人が肯定的、9人が否定的です
お客様はこの分析哲学の今を感じさせてくれる一冊だと評価しています。新しい実在論について、色々考察させられ、有益な考え方だと感じています。また、著者が経験科学の場に重点を置きすぎており、意識が織り成す像の虚偽なる論理性を無視しすぎている点も指摘されています。一方で、一部のお客様は「哲学的なインパクト」があまり強くないと感じるようです。理論については、実際にはそれほど新しいわけでも興味深いものではないと感じている声もあります。
内容は素晴らしいのですが、表紙の画像がなぜか略式のようなものしかダウンロードされません。細かいことで恐縮なのですが、それがないとどうも本を所有している気がしません。読み返したい良い本であるだけにストレスになっています。もっと読む
...科学者の野村泰紀との対談を読むと、マルクス・ガブリエルは科学主義に対する堅固な防御壁を持っていないと思われる。その主な理由は、マルクス・ガブリエルは主体性あるいは主観性の概念を初めから切り捨てており、科学に対する上での枢要な問いである「私」「われわれ」を巡る問いを排除しているからだ。...もっと読む
多様な解釈に身動きが取れなくなっている今、前向きに世界と向き合うための新しい実在論。答えはテキストにないので、自分はどう思うかを問うのが哲学みたいです。私は今回その片鱗に触れられた気がしました。やはり同時代を生きる哲学者の本は、その時代に必要とされている方向性があるのかな、と思いました。もっと読む
...に読んでいて少なくとも論旨は明確であり、何かしらの新しさがあると思っていたけれども、読み進めているうちに新しさなどなくて、ただ単にそれまでの哲学的概念を拾い集めて、言い直しただけの付け焼き刃的な思想とも思われ読むのを止めてしまった、もしくは少しばかり拾い読みしただけである。...もっと読む
14人のお客様が説明に言及し、8人が肯定的、6人が否定的です
お客様はこの哲学書の解説について意見が分かれています。一部のお客様は、この本の内容は丁寧に説明されており、同時代に必要とされている方向性があると評価しています。一方で、著者の説明には言語論と主体なるものの意識の説明が少ないという指摘もあります。また、意味の場の意味が良く分からないという指摘もあります。ドイツ語の意味がわからなかったという声や、著者の説明が表層しすぎて不必要なものを切り捨てているといった指摘もあります。
...全体的に説明が分かりやすく「世界が存在しない」という主張も明快で読みやすいと思うので、現代における哲学の入り口として最適だと思いますが、そのまさに読みやすさが違和感です。...もっと読む
...というところまではわかるけど、やっぱ、あんまりよくわからない。 今となっては「マトリックス」ももう昔の映画だけれども、こんなふうに「この世界はマトリックスなんかじゃねえよ!」っていう方向に頑張る認識論はかっこいいと思う。で、方向性として「そうだよな、ほんとそうだよな!がんばれー!」...もっと読む
...難しい個所も多くすべてを理解したわけではありませんが、本書の核となる「新しい実在論」の骨子は理解できました。これについてはかなり丁寧に説明されているので哲学初心者でもガブリエル氏の主張は理解できると思います(同意するかはまた別問題だと思いますが)。...もっと読む
...このように考えると、ガブリエルの新実在論(新唯物論)は、現在のところは認識論として完成されたものではない。もっと精緻な理論を備えなければならないだろう。 それはともかく、これだけ豊富な事例を挙げて新実在論を説いたマルクス・ガブリエルの哲学的才能は素晴らしい。...もっと読む

日本からのトップレビュー

  • 星5つ中5つ
    難しい
    2026年1月4日に日本でレビュー済み
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    難しい本でした。世界は存在しないと言われても、概念としては存在します。概念的な存在を否定するなら、「愛」も否定されてしまうのでしょうか?

    1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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  • 星5つ中4つ
    構築主義の次を目指して
    2025年5月3日に日本でレビュー済み
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    多様な解釈に身動きが取れなくなっている今、前向きに世界と向き合うための新しい実在論。答えはテキストにないので、自分はどう思うかを問うのが哲学みたいです。私は今回その片鱗に触れられた気がしました。やはり同時代を生きる哲学者の本は、その時代に必要とされている方向性があるのかな、と思いました。

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  • 星5つ中3つ
    最近の哲学
    2024年9月2日に日本でレビュー済み
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    2018年に発行された哲学書で、現代の哲学における新たな視点を提示

    ガブリエルは、全ての物事が相互に関連しているわけではなく、

    それぞれの領域が独立して存在していると主張します

    このため、「世界」という統一的な概念は存在しないと結論付けています

    本書は、構築主義や意味の場、超思考といった哲学的概念を駆使して、

    世界の本質について深く掘り下げています

    これらの用語に慣れていない読者にとっては難解かもしれませんが、

    その先にある考察は非常に洞察に富んでいます

    特に、ガブリエルの宗教と芸術に対する慎重な考察は印象的です

    彼は、宗教を無限のものとして定義し、

    宗教とは科学とは異なる経験の領域であり、

    人間が自己へと回帰する手段であると考えます

    これにより、現代における宗教の役割を再考する

    重要な視点が提供されています

    また、民主制や思想の自由が様々な視点を認め、

    議論や学問がどの視点を選ぶべきか見極めるべきだというガブリエルの主張は、

    現代社会においても非常に重要です

    彼の「生きるとは尽きることのない意味に取り組み続けることである」という言葉は、

    人生の困難や不幸を新たな倫理的成長の機会として捉えることを示唆しており、非常に感銘を受けました

    ガブリエルの思想は、人間が変化し続ける中で何を維持し、

    何を変えるべきかを考えるための指針を提供しており、

    現代社会の課題に対する新たな洞察を与えてくれます

    本書は、哲学に興味がある読者にとって、挑戦しがいのある一冊です

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  • 星5つ中5つ
    じっくり読めば理解できる
    2024年4月28日に日本でレビュー済み
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    難しいかと思ったがじっくり読んだら理解できた

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    やや冗漫な記述だが新実在論の全貌を解明!
    2018年12月31日に日本でレビュー済み
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    冗漫な記述に疲れる。しかし、新実在論の全貌を解明している。世界というものは存在せず、個々の事物とそれを認識する個別の存在者が存在するだけだと説く。しかし、なぜ個々の事物に関する認識が生ずるのか、ガブリエルは認識が存在者に事物の「意味」として生ずる「場」を理論的に要請する。これを個々の「世界」と呼んでも良いし、ハイデガー流に表現すれば、存在の「地平」と呼んでも良いだろう。例えば、静岡県のある場所から富士山を見ている人にとっては、そこ(見ている場所)が認識が生ずる「場」なのであって、富士山をそこから見ているという事実(経験)があることが、認識の根拠である。想像上で富士山を思い浮かべる人がいたとしても、かつて何か(富士山の本を見たとか)の経験があるからこそ富士山を思い浮かべることが出来るのだ。このように考えるとガブリエルのこの壮大な認識論は、認識の「地平(場)」を要請する限りにおいて、ハイデガーの存在論と大して異なるものではない。もう少しガブリエルの認識論に付き合うと、カントが『純粋理性批判』で説いた、時間や空間、質、量、大きさ等の〈先天的悟性概念〉も必要になるのではないか?これらの概念を悟性が備えていなければ、富士山をどこから見ても「富士山」としての知覚が生まれることはないだろう。

    このように考えると、ガブリエルの新実在論(新唯物論)は、現在のところは認識論として完成されたものではない。もっと精緻な理論を備えなければならないだろう。

    それはともかく、これだけ豊富な事例を挙げて新実在論を説いたマルクス・ガブリエルの哲学的才能は素晴らしい。著作は他にもあり、今後の翻訳の出版も楽しみだ。来日した時ガブリエルは、ドイツの地下鉄には改札口がなく、その理由としてドイツ人にとって切符を買わずに電車に乗る者がいるとは考えられない。なぜなら、ドイツ人にはカントの道徳法則や義務の念が当然備わり、ヘーゲルの『精神現象学』における絶対精神の自己実現などの難解な哲学概念が直観的に理解出来るからだという(新刊のNHK出版新書より)。西洋近代哲学を自家薬籠中のものにして自由自在に論ずるドイツ人とカントやヘーゲルの哲学に難解さと違和感を感ずる日本人との根本的な差異を実感する。やはり日本人にとって西洋近代哲学は難解なのだ。日本独自の哲学を構築しようとして格闘した西田幾多郎でさえ、日本の禅と西洋近代哲学、カントやヘーゲル、ベルクソンの所説を折衷した印象を拭うことは出来ない。本書でガブリエルが厳しく批判する「自然主義」も、私たち日本人には少しも「自然主義」ではない。困ったものだ。

    本書は、西洋近代哲学入門としても読める。哲学に関心あるすべての人にお勧めの一冊だ。

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  • 星5つ中4つ
    哲学的にそれほどインパクトがあるとは思えないが、それなりに読む価値はある
    2018年1月19日に日本でレビュー済み
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    「なぜ世界は存在しないのか」、は一応わかりました

    著者によると、

    ①「存在する」とは、あるものが「なんらかの意味の場において現象する」ということである。

    ②一方(やはり著者によれば)「世界」というのは、「あらゆるものを包括する全体」である。

    ③「あらゆるものを含む全体」が「なんらかの意味の場において現象する」ことはあり得ない(なぜなら、「あらゆるもの」という以上、その「場」そのものも「世界」に含まれているはずなので、世界がそれ自体が含む「場」において現象する、ということはあり得ないから)。

    ④よって「世界は存在しない」

    以上証明終わり。。。

    何か数学の「集合論」みたいな趣もありますがね笑 要するに、世界というのはあらゆるものを包括しているがゆえにあまりにも「大きすぎる」ので、意味のある形では認識し得ない。よって事実上「無」(著者は「無以下」と言っていますが)であり、言い換えれば「存在しない」ということになる、わけであるようです。

    ここで我々?のような「仏教文化」に親しんでいる者たちにとってすぐに思い至るのが、「そのような極大的に大きな世界というのが、まさに仏教で言うところの〈無〉なのではないか」ということですが、かなりの博学であるらしい著者は、少なくともこの本ではその点については一切触れていません。

    仏教ではまさに「あらゆるものを包括するものとしての無」の認識に達するということが一つの目標?とされていると思いますが、著者のガブリエル氏はそれを「哲学的には無意味」としてあっさり切って捨てている、ということになるのでしょうか。。

    以前、fb友のHさんから「あるフランスの哲学者?が、ヨーロッパでは今や仏教はあまり有意味なものとはされていないのが主流?と言っていた」という話をお聞きしましたが、ひょっとしたらそれとこの話はちょっと関連しているのかな、とも思いましたが。

    で、「世界」が存在しないのなら一体何が存在するのか?

    著者は自らの立場を「新しい存在論」と呼び、ポストモダン的な「一切は仮象である」というようなある種のニヒリズムを否定します。

    著者によれば「存在しない」世界の中においては(なぜか)無数の「対象領域」が存在していて、その中のおいて現象しているものは「仮象」ではなく本当に「存在して」おり、我々は(その対象領域内において)その「存在自体」を把握することができる(ここが実在論)のだということ。

    つまり、例えばある文脈において我々がリンゴを見るとき、その「見られている」ところのリンゴは間違いなく「存在」している。しかしそれはあくまで文脈であるところの「対象領域」内における存在ということであって(この対象領域というのは、例えばリンゴを美的な方向から見ている、とか腹が減ったという方向から見ている、といったようなことだろうと思われますが)あらゆる対象領域を通じた最も広範な「リンゴそのもの」というのは存在しない、なぜならそれは「世界」全体の中で現象するということだが、その「世界」が存在していないので「リンゴそのもの」もあり得ない、ということ。。

    更に進めて、著者は、小説のような全くのフィクションの中において登場してくるものすらその「対象領域」内において真に「存在する」のだ、ということも主張していきます。

    要するに「あらゆるものを包括する世界」は存在しないが、その代わりに無数の「対象領域」は存在し、そして各対象領域(それがどんな突拍子もないものであれ)において様々なものが「本当に存在している」のだ、というのが「新しい実在論」、ということのようです。

    しかし果たして「存在する」というのを「何らかの意味の場において」現象する、というところに限定してもいいのか?という疑問がありますね。そうなると先に言ったように仏教的な思考などは全部「意味がない」ということになってしまいますが、確かに「無としての世界」をベースとして整然とした哲学体系を作っていくのは難しいとしても(西田幾多郎などはそういうことをやろうとしたのかもしれませんが、かつて「絶対矛盾の自己同一」という概念?を聞いた西欧哲学者は「意味がない」と一刀両断したそうです)認識ではなく、ある種の極限的意識状態としての「存在」というものの扱いを完全に放棄してしまっていいのか、というようには思います。まあ哲学理論的には意味あるものとして語れない、ということであればわからなくはないが、「存在しない」とハッキリ言ってしまうとちょっと窮屈すぎるかな、という感じはしますね。

    あと、結局「世界は存在しない」ということによって、哲学的にはどのような新しい「地平」が開けるのか、というのもちょっと疑問です。著者によれば、それによって「意味の炸裂」が起こり、人生を前向きに(いい意味での)「喜劇」と捉えて明るく創造的に?生きることができる、というようなことを言っていますが、どうもそのあたりの「哲学的なインパクト」はちょっと弱いな、という感じはしました(著者はキャラ的にアメリカ文化のような明るい前向きなものが好みらしく、特にドイツ的な慇懃なペシミズムというのが嫌いなようです)

    しかしどうして著者はここまで「世界は存在しない」ということを力説しなければいけないのか?この本を読むとよくわかりますが、とにかく著者は「科学主義的一元論」というのが我慢ならないらしい。つまりあらゆる現象は素粒子あるいは「ヒモ」の振動に無機的に還元され、我々の認識も全部「脳内ニューロン」の働きによって説明できる云々といった「世界」観を否定したい、という動機を強く感じますね。要するに「世界は存在しない」、というよりは「科学的世界観」というのは一切を包括し得る本当の「世界」ではない、なぜなら「世界そのものが存在しない」のだから、、ということが言いたいのではないかと感じました。科学的「世界」というのも一つの「対象領域」にすぎず、それはゲーテの「ファウスト」が作り出している「対象領域」と同列なものなのである。。。

    総じて言えば、前半は結構知的な緊張感があって面白かったが、「応用編」?の後半は単なる著者の好みが滔々と述べられている、という感じでやや退屈だったかな、という印象。特に芸術論などについては「まだ若いな」という感じもしましたね笑

    私自身の興味関心としては、私はまさに「あらゆるものを包括した全体」としての立場から創作しようとしているので、当然「それが存在しない」という著者の主張は受け入れられません(まあ「仏教文化圏」の一員として、ということでもありますが)。実際、創作においては「あらゆるもの」をベースとした形で現実に何物かが「産まれてくる」という現象を実感しているので、それが「存在しない」と言われても、そうですか、というわけにはいきませんね。。もっともそれが果たして受け取る側にとって「有意味な形で」現象しているのかどうか、という点については色々と考えていくべきところがあるような気もします笑 もっとも私は別にテツガクをやっているわけではないので、それが「認識」的に有意味なもの、でなくても別に構わないのですが、限りなく「あらゆるもの」(すなわち「世界」そのもの)の中において「広がり切った」形で存在しているものを書く(あるいは描く)ということの意味を再考するいいきっかけになった、とは思います。

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    マルクスガブリエルが説く新しい実在論とは!
    2021年6月20日に日本でレビュー済み
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    新しい哲学の原則

    世界が存在しないという原則には、それ以外の全てのものは存在しているということが含意されている。

    世界は別として、*あらゆるものが存在することになる。

    *あらゆるもの

    惑星、夢、進化、水洗トイレ、脱毛症、希望、素粒子、月面に住む一角獣等

    ▪️新しい実在論(ガブリエルの提案)

    ポストモダン以降、初めて出来た新しい哲学

    今迄の哲学

    ▪️形而上学

    この世界全体についての理論を展開しようとする試み

    世界がどのように存在しているか

    ここでは私達人間が抹消されている。

    例)佐藤さんが静岡にいて富士山を見ている

    丁度その時に、私達(この話をしている私とそれを読んでいるあなた)は山梨にいて同じ富士山を見ているとする。このシナリオに存在しているのは、富士山、佐藤さんから見られている富士山、、私達から見られている富士山ということになる。

    形而上学の主張によれば、このシナリオに存在している現実の対象は、たった一つだけである。すなわち、富士山。富士山は一方で静岡から、他方で山梨から見られているが、これは全くの偶然であって、富士山にとってはほとんどどうでもよいことである。

    これが形而上学である。

    ▪️構築主義(イマヌエル•カント)

    およそ事実それ自体など存在しない。

    私達が、一切の事実を構築している。

    上記のシナリオには三つの対象が存在している。

    佐藤さんにとっての富士山、私にとっての富士山、あなたにとっての富士山である。

    これらの背後に、現実の対象など存在していない。

    ▪️マルクスガブリエルが説く新しい実在論と

    このシナリオには、少なくとも以下の四つの対象が存在している。

    1.富士山

    2.静岡から見られている富士山

    3.山梨から見られている富士山(あなたの視点)

    4.山梨から見られている富士山(私の視点)

    なぜ新しい実在論が最良の選択肢なのかは、簡単に理解できる。

    富士山が現在の所日本に属する地表面の特定の地点に位置している火山であるということ、これだけが事実なのではない。

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  • 星5つ中3つ
    世界は存在しない=世界に外部はない
    2023年3月19日に日本でレビュー済み
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    茂木健一郎氏がどこかで言っていたように、軽薄な科学主義は確かに反対である。科学主義の行きついたところにAIが人類を支配するという妄信がある。科学絶対主義者は、非科学的なものを一切認めようとしないだろうが、マルクス・ガブリエルが言うように、科学者が対象としている<宇宙>や<自然>は極めて限定的なものでしかない。<宇宙>という概念は、どれだけ巨視的なパースペクティブであっても、それは《世界》の総てではない。<宇宙>を対象とする科学は、文学の作品の一語一句を捉えることはできないだろう。日常生活の些細なあらゆる出来事、コミュニケーション、蓄積されている実践の知(=習慣)を捉えることはないだろう。それは、<気候>という問題をやるにしても<生命>という問題をやるにしても<人類>という問題でも<世界史>ということでも同じことである。対象はどれだけ大きくても、それは一つのパースペクティブのすぎず、それ自体ですべての《世界》を捉えることはないということである。

    それゆえに、<宇宙>は、《世界》よりはるかに小さい。《世界》はもっと無限なる存在で、人間がその対象を完全に把握できないまでに広がっている。ゆえに世界は存在しない。あらゆるものは存在するが、《世界》だけが存在しない。

    このガブリエルが言う《世界》とは、「無限」と置き換えてもよいし、「実体」と置き換えてもよい。要はスピノザの実体と様態の関係である。様態は存在するあらゆるもの、あらゆる事実の総体だが、実体は数えられるものではない。つまり、一なるものでも「全体」でもない。「総体」すなわち外部も超越的なものもありえない、閉じられた「無限」そのものである。スピノザはさらに属性において、延長と思惟を区別する。そしてこの属性は無限の属性がある。ただ、人間には延長と思惟しかないのだと。この思惟、人間の精神とはスピノザにおいては身体の観念とされる。この「身体の観念としての精神」が、もしかしたら科学主義者には欠けているのではあるまいか。この観念とは、《世界》=神の観念である。科学主義者は神なるものは排除する。だが、スピノザが言う神とは、霊的なものや人格神のような類ではない。人間には考えも及びもしない、この世界を動かしている「力」そのものといってよい。たとえば、どのように生命は動くかは、科学は説明できるが、なぜ生命たるものがあるのかは科学は説明できないだろう。それは人間の及ぶ領域ではないからだ。それはこの《世界》=神が持つ力そのものであり、神の意図はどこまでいっても不明である。この「力」は、能産的自然であり、コナトゥスであり、世界の無限性を表現するものである。この神への観念、力への観念が、科学にはどこか欠けているのだ。科学者は自分たちがそれを操れる範囲の世界だけを世界として捉えているようにさえみえる(合理主義)。アインシュタインがかつて使った表現を借りれば、そのうち人間(合理主義者)は、「神々の嘲笑によって難破させられる」のだろう。

    神の実在を巡っては、アインシュタインの「スピノザの神を信じる」という言明が有名だが、さすがはアインシュタインというべきである。彼はたんに、科学主義を信仰する人間ではなかった。天才は天才を知るし、何よりも《世界》を知るのである。

    たとえば、科学は神話を否定するだろうか。神話の内容はとても非科学的だと排除するだろうか。しかし神話はその時代における人間の叡智であり、世界的に起きた出来事、惨劇、人間のやっていいこと悪いことのような倫理観、生存のための智慧を物語として伝えるのであり、神話を作る力、物語を産む力は人間の知性に他ならない。スピノザは聖書自体を否定したわけではない。聖書が人間の叡智であることも認めている。だが、それを哲学=科学と、信仰については明確に分けなければならないとしたのである。

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